「好き」を追求してたどり着いたのは、技術で社会価値を創造するイノベーションテックカンパニー。東大卒エンジニアがGoogleを出てでも挑戦しようと思った場所。


エンジニアにとっての理想の場所とも言えるGoogleを退職し、スタートアップのVISITSに今春入社したばかりの川中真耶さん。整った環境を飛び出してまで追求したのは、仕事をする上での「好き」や「楽しい」という感覚、そして企業との「ビジョンの共有」だと言います。CTO(最高技術責任者)という同社初のポジションでエンジニアリングとテクノロジーの未来を見つめる川中さんに、プログラミングの原体験やVISITSとの出会い、過去と現在のキャリアについて聞きました。

物々交換で手に入れた初めてのパソコン

—ご自身のバックグランドについて簡単に教えていただけますか?

真珠の産地として有名な愛媛県の宇和島市出身です。かなりの田舎町なので、身の回りにテクノロジー関連の要素は皆無でした。ただ、幼少期から不思議とプログラミングに興味があったようで、3歳で買ってもらったオモチャは「ファミリーベーシック※」でした。

その後、高校生になった頃に初めてのパソコンを手に入れるのですが、親戚のおじさんが持っていたNEC製のパソコンを、父が釣ってきたふぐ3匹と交換するという条件で譲ってもらいました。当時はプログラミングを学ぶ手段も限られていたので、用途はゲームがメインでしたけどね。ただしこの頃に HTML を学び、ウェブページを作ることができるようになりました。インターネットはうちになかったので作ったものは公開することはできなかったのですが。

※ファミリーベーシック…1984年に任天堂が発売したゲームプログラムを自作することのできるファミリーコンピュータの周辺機器。

—学生時代のことを聞かせてください。

ずっとやりたいなと思っていたプログラミングを本格的に勉強し始め、理学部情報科学科に進学しました。情報科学科は30人ほどのクラスでしたが、CPUの構造について学んだり、オセロ用のAIを作ってAI同士を戦わせたりと、下(ハードウェア)から上(応用分野)まで、みっちりとコンピュータについての知識やスキルを叩き込まれましたね。 中でも思い出として残っているのは、後のGoogle入社への遠因にもなっている「ACM-ICPC 国際大学対抗プログラミングコンテスト※」への参加でしょうか。東工大や京大の学生たちと腕を競いながら、プログラミングのスキルを磨きました。

※ACM-ICPC 国際大学対抗プログラミングコンテスト…ACM (Association for Computing Machinery) という計算機学会が主催する、世界規模の大学対抗プログラミングコンテスト。3人一組のチームで、プログラミングと問題解決の能力を競う。

IBM、大手ソフトウェアメーカーを経てGoogleへ

—卒業後はどのようなキャリアを積まれたのでしょうか?

東大卒業後は大学院に進み、「XML言語※」に関する研究で修士号を取ったのですが、博士課程までは行かずに就職することに決めました。コツコツと自分が楽しいと思えることを追求するのが好きな性質なので、アカデミックな世界よりは実社会からのフィードバックが取れる環境で研究開発をしてみたいという思いがあったためです。

※XML言語…HTMLと同様にコンピュータ間で文書の交換を行うためのデータ記述言語。

内定はNTTとIBM東京基礎研究所の2社からもらったのですが、引き続きXMLをメインに研究ができるということで、IBMへの入社を決めました。その後、縁あってワークスアプリケーションズに転職します。当時会社はデータ処理の高速化という課題に直面していました。具体的には、EC関連の50万件のデータ処理に18時間ほどかかっていたのですが、話を聞いた瞬間に直感的にコードのどこかに計算量が二乗の処理があるなと見抜き、最終的には1分以下まで短縮することができました。

ワークスアプリケーションズでのキャリアは1年間と短いものでしたが、次に転職したGoogleは居心地が良くて、気づけば8年もの時が過ぎていました。プログラミングコンテストで出会った学生時代からの友人も多くいて、入社は彼らに誘われたことがきっかけでもありました。在籍中の8年は一貫してChromeブラウザに関連する仕事に携わることになります。具体的には大きく2つで、1つは、Web Componentsという、HTMLのタグをライブラリ化するための仕様を議論したり実装する仕事、もう1つは、分散コンパイル環境を作り、何時間もかかる Chromeのビルドを数分で終わらせるという仕事です。このようなスケールの大きな仕事に携わることができたことが良い経験になっています。

VISITSは経験、スキル、情熱のすべてを注入できる職場

—前職はエンジニアにとっては理想の環境のようにも思えるのですが、なぜ転職を?

学生時代から「いつかは起業をしよう」という思いがありました。ただ、エンジニアリング分野で起業をするには、エンジニアとして優秀であることはもちろん、やっぱり経営者としての能力が求められるじゃないですか。ひとりで両輪を回すのは難しいな、と。そこで、起業のダイナミズムやスピード感を味わえるスタートアップへの転職を決断しました。

CEOの松本とは「世界中の誰もが社会価値創造に貢献できるシステムを構築したい」というビジョンに大きく共感しました。自分が起業するとしたらやりたいなと思っていた事業ドメインに結構近かったのです。じゃあ一緒にやってみるかという気持ちになりました。

基本的に、みんなをレベルアップさせるということが好きなんです。Googleは、みんなのレベルが高くて、環境としては成熟していましたからエンジニアにとっては作業に集中できる理想の職場だったかも知れません。しかし、社会全体をよくしていこうと思ったときに、もっとできることがあるのではないかと思いました。

—VISITSでは具体的にどんなお仕事をされていますか?

今現在は、アイデアの価値を可視化する「ideagram(アイデアグラム)※」というプロダクトの開発がメインです。言い換えると、良いアイデアが誰でも出せるプラットフォームづくりですね。同時に、会社全体、社員一人ひとりのエンジニアリングのレベルを上げることも重要なミッションとして取り組んでいます。テック企業だからといって全員がエンジニアである必要はもちろんありませんが、組織として見たときに、エンジニア的な思考についての分断や齟齬がなくなれば、事業の推進力や精度は飛躍的にアップすると思います。

※ideagram…人工知能を活用することで、個人が持つアイデアや創造力、目利き力を定量的に測定できるプロダクト。

—転職という決断に対して、現在の率直な気持ちは?

率直に言って、Google を出て新しいことに挑戦するという意味で、転職して良かったと思っています。テクノロジーを通じて個人の持つ力を引き出し、全体のパフォーマンスを最大化するというVISITSのプロダクトの価値や「創造性を科学し、世界中の誰もが社会価値創造に貢献できるエコシステムを構築する」という企業としての価値観に個人としても賛同しています。専門性を突き詰める環境から、そこに加え、より広義に社会やビジネスのためにテクノロジーがどうあるべきか、それを組織としてどう高めていくべきかといったことも求められますので、もちろん大変なことも増えましたが、想定の範囲内です。まだ入社したばかりですが、これまでの経験やスキルを生かして楽しく働けています。

—VISITSのこれからについて一言お願いします。

VISITSで働くこと、VISITSのプロダクトの魅力は、特定のビジネスや限られた領域だけでなく、私たちの生活そのものにイノベーションを起こし、より良い社会システムの構築に貢献できるということです。そのカギになる技術がエンジニアリングであり、そのためのエンジニアや、エンジニア的思考のできるチームメンバーの存在が不可欠です。一人ひとりの創造性、組織としての生産性、社会全体の価値を最大化させるプロジェクトに参加してくれる仲間が増えることを、心から楽しみにしています。

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