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CES 2018 レポート:2. Alexaの憂鬱 -家庭から都市への物語による世界創造

Alexaの憂鬱

まばらな拍手の中、説明員の表情は明らかに曇っていた。悪いデモではなかったし、少なくともこれが去年だったら驚きをもって迎えられたかもしれない。Alexaに対して単純なコマンドを発するだけでキャビン・カーの窓のカーテンが閉まり、室内の照明は白色から淡い青へと変わる。後車部からはTVディスプレイがゆっくりと姿を現し、ビル・マーレーのプロフィールと主演映画のタイトル群が映し出された。映画を見るための最適な空間設計がたった1フレーズのコマンドで完結してしまうことは十分驚きに値する。けれども聴衆は特に質問をすることもなく、足早にキャビン・カーを後にした。次のデモを待つために用意された列に並んでいたのはたったの3人だった。

キャビン・カーの後ろでは ”Hey Google” のフレーズが映し出されたGoogleの会場に人だかりができていた。Alexaのスペース、人員の数と比較して10倍以上の規模の“Google Playground” と冠された白いおもちゃ箱のような会場は来場者の笑顔にあふれていた。遊び心あふれた文字通りの “Playground” ではGoogle Home miniになぞらえられたドーナッツが出てきたり、Google Assistantに話しかけてお気に入りにモックテルを作ってもらったり、スターバックスのコーヒーが注文できたり、ガチャポンができたり、買い物の疑似体験ができたり、キッチンではレシピをつかったデモが見られたりと、日常の雑多な行動をGoogle Assistantを使って楽しく演出する仕掛けにあふれていた。

会場の右手に構えたギャラリーではGoogle Assistant対応のスピーカー、スマートフォン、家電がカテゴリーごとに大量に展示されていた。去年のAlexa対応プロダクトの数にも引けを取らない世界各地の製品がところ狭しと展示されている中でひときわ目をひくのは、まるでお菓子で作ったような都市の模型だ。日常のあらゆる行動がGoogle Assistantによって媒介される、これまでよりもちょっと便利で楽しい世界。そしてその世界は “Playground” として今自分が身をおいている空間そのものとして目の前に再現されている。この体験設計が未来をグッと近くに引き寄せて、その未来を今この現在に現前させる。こんな世界がもうすぐ来るんだよ!だって今あなたがいるこの空間自体が、そしてこの空間で体験していることが、その未来そのものなのだから。そしてこの未来は遊びとして体験されることで、楽しい体験として心地よく記憶に刷り込まれる。世界で最も影響力を持つ企業のプロモーション戦略にぬかりはない(そんな未来が実はディストピアでした、というSF小説は実際に書かれているわけだし、現実にディストピア化する可能性も否めない。僕はあくまで表現方法のうまさそれ自体を評価しているのであって、その表現によって表象されているものに対して肯定的な価値判断を下している訳ではない)。

スマートスピーカー×スマート・ホームから音声アシスタント×スマート・シティへ

CES 2017でAlexaが見せた世界は家庭のデバイスがすべてAlexaを軸としてコントロールされる世界だった。世界最大のEコマース・プラットフォームを有するAmazonが家庭を支配下に置こうとするのは当然の戦略であり、そのハブとなるデバイスがスマート・スピーカーの火付け役であるAmazon Echoだ。EchoのCMはEchoが家庭のハブ・デバイスとして機能するスマート・ホームの世界観に立脚している。

家庭というポイントは後発のGoogleも踏襲しており、彼らのスマートスピーカー “Google Home” の名前によってまさに体現されている。CMもAlexaと同様に家庭生活の未来を描いており、スマートスピーカー単体で見たときにはGoogleもAmazonも両社が描く世界感に大差はないように見えた。むしろ先行してスマートスピーカー市場を支配しつつあるAmazonに分があった。CES 2017、そして今回のCES 2018でもスマート・ホームは大きなトレンドとなっており、その屋台骨となっているのはAlexaだ。そしてスマート・ホームのハブとしてのAmazon Echoの存在感はGoogle Homeを凌ぐ圧倒的なものだった。

ところが今回CES 2018でGoogleが見せた世界は家庭生活にとどまらず、家庭生活を包含する都市そのものであった。ここに鮮やかなスマート・ホームからスマート・シティへの移行を見て取ることができる。家庭だけではなく都市全体を音声アシスタントが接続する未来をGoogleは鮮やかに、遊びを通して描きだした。先述したAlexaのデモがいまだスマート・ホームの範疇にとどまっているのに対し、Googleはスマート・ホームを包含する上位概念としてのスマート・シティを世界像として提示することで、音声を媒介とした都市生活空間にまで音声アシスタントの射程を広げたのである。

スマート・ホームからスマート・シティへというGoogleの物語展開は鋭い。Googleの既存プラットフォーム、たとえばGoogle Mapは都市との相性が抜群にいい。都市のなかで迷った際に無人キオスクに話しかけるとGoogle Mapが画面上に立ち上がり、現在地から目的地までの行き方をGoogle Assistantが音声で説明してくれる、こうしたサービスの流れはすぐに誰でも思いつくだろう。また、Googleが現在、世界最大の情報保有企業であるという当たり前の前提も無視できない。あらゆる都市の情報をもっとも多く有するのはGoogleである。

物語による世界創造と遊びが増幅する技術の価値

CES 2018でGoogleが示した教訓は世界観構築の重要性だ。人間は物語を欲する動物であり、僕らは日々自分の物語を語り、他人の物語に耳を傾け、物語を作品として産み出し、受容することで、日々生活をしている。物語なしに生きることは人間である以上、不可能だ。

素晴らしい物語は物語それ自体において世界を創造する。技術それ自体が世界を創造するのではなく、その技術を登場人物に据えた物語を語ることが世界を創造し、人を引き付ける。音声アシスタントそれ自体の技術としての価値はもちろん存在するが、それだけでは多くの人を魅了することはできない。CES 2018でAmazonがなぜ存在感を持てなかったのか、その理由は新たな物語を紡いて人々をひきつけることができなかったからだ。依然として昨年展開したスマート・ホームという概念の範疇にとどまっているように見えてしまったのがAlexaの憂鬱の最大の原因である。なぜならGoogleはスマート・ホームを包含する上位概念としてのスマート・シティという世界観を語ることで、新しい未来を引き寄せて人々を魅了したからだ。僕らは技術それ自体にではなく、その技術を通して語られる物語にワクワクするのだから。

そして単に物語を紡ぐだけでなく、実際に遊びを通してその世界の一端を体験させることでGoogleは音声アシスタントの未来を体験者の記憶に染み込ませた。音声アシスタントは遊びとして体験されることで親しみやすい存在となり、都市という公共空間に織り込まれることで、それ抜きには想像できない未来像が形成され、「当たり前」の存在として認識されていく。スマート・シティという物語は遊びを媒介として音声アシスタントを「当たり前」の存在に仕立てあげたのだ。

“Google Playground” の会場スクリーンに映し出されたレシピを使ったデモの生中継でGoogle Assistantは “Sorry, I don’t understand” を連呼しはじめた。多くの人はスクリーンの前に足をとめ、その様子を無邪気に笑っていた。ライブ・デモとしては致命的な失敗であるにもかかわらず、そこに冷笑的な笑いが見られなかったのは、技術自体に対する自然な親しみがその場で共有されていたからだろうか。まだ100%ではない技術をカバーするのは物語と遊びであり、その物語が描く世界観を達成するために技術は進化を続ける。

うんざりするほど、僕らは物語に囚われているのだ。

大きな物語が生み出す強迫神経症的追従

あらゆるものを音声アシスタントで媒介させることは音声でのコントロールが向かないプロダクトにも音声アシスタントを無理やり接続させる愚行を爆発的に増大させる可能性に満ち満ちいてる。ボイス・コンピューティングはまだ過渡期であり、生活におけるその有用性はこれから少しづづ明らかになっていくはずだ。ハードウェア・スタートアップは安易に音声アシスタントをプロダクトに接続させる必要はまったくないし、プラットフォームに乗っておかないと取り残されるという恐怖感にいたずらに苛まれる必要もない。大事なのはここでも物語形成であり、世界観構築だ。仮にボイス・コンピューティングが必要なら、それはどんな世界観の下で必須となるのか、そしてそこには解決されるべき明確で現実的な課題設定がなければそもそも意味がない。強迫神経症的にGoogle AssistantやAlexaに対応していることを叫ぶしかなかったスタートアップが大量に出現したという意味で、CES 2018はプラットフォーマーによる戦いの中にスタートアップが飲み込まれていく世界をまざまざと見せつけていた。プラットフォーマーに単に追従する存在にならず、独自の世界観を持ち得るかどうかがスタートアップの自律性を生み出す。その世界観は決して壮大なものである必要はない。

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