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Viva Technologyの社会学:市民社会、連帯、ナショナル・アイデンティティ

「自分は寝台の上から仰向きに、天井を眺めて、自分は何故一生涯巴里にいられないのであろう、何故フランス人に生まれなかったのだろう。と、自分の運命を憤るよりは果敢く思うのであった。自分には巴里で死んだハイネやツルゲネフやショーパンなどの身の上が不幸であったとは、どうしても思えない。」(永井荷風「巴里のわかれ」)

市民社会とテクノロジー:フランス語が開く市民への門戸

テック・カンファレンスは00年代以降にロック・フェスティバルが各地で跋扈したように世界中で広がりを見せており、アメリカ式のフォーマットが各地で変異を起こしながらも、だいたい似たような構成に収束して行く。メインステージでのキー・ノート、大企業の巨大なブース、膨大な数のスタートアップが所狭しと並べられたエリアと各国からの派遣団、最終日を飾るピッチ・コンテストの決勝戦、そのすべては基本的に覇権言語である英語で行われる。

日本でもよりスタートアップに特化したTechCrunch TokyoやSlush Tokyoなど英語と日本語を併用するカンファレンスが存在しており、特にSlush Tokyoは基本的に英語ですべての進行がなされるため、日本が世界に開けたスタートアップのテック・カンファレンスを開催できるかどうかの大きな試金石となっている。ただ、何でもかんでも英語で開催すればいい、というのではなく、開催地の母語とのバランスをどうとるかは今後より一層問題となるだろう。なぜなら母語のチャンネルを切断することで開催地の自国民に対してカンファレンス自体が閉鎖的にならざるを得ないからだ。

この問題を鮮やかに解消し、なおかつ一般の市民までも惹きつけてしまうとんでもないカンファレンスが存在する。5/24から5/26までパリで開催されたViva Technologyだ。

開催最終日の3日目に入場券を求めて長蛇の列をなす市民に僕は圧倒された。まるで遊園地かコンサートにでも来たかのようなお祭り騒ぎに僕は戸惑う。テック・カンファレンスに人々が列をなすのは全く珍しいことではない。ただしそれは大企業やスタートアップ、投資家から構成されるのであり、一般の市民が子供を連れてきたり、デートで来たりするなんてことはほとんど考えられない。VRや3Dホログラムに興じる子供たち、その子供たちに対しても丁寧な説明を惜しまない大企業とスタートアップ、大人たちは名前は知っていても普段は改めて意識にのぼることない通信業者、交通局、自動車会社、化粧品会社がどんなおもしろいことを企んでいるのかを知ることになる。少し疲れてキー・ノートの会場に腰を下ろすと女性企業家たちのパネルの勢いに圧倒され、なんとなく終わりまで聴いてしまう。

そのすべては英語ではなくフランス語で行われる。

1番線の地下鉄の駅にあるサイネージではViva Techの広告が時折現れる。それはコンサートや美術館の広告と連続して流れていく。これが市民を対象とした広告であることは明らかであり、彼らがプロフェッショナルだけではなく市民も巻き込もうとしているのは明確だ。開催日初日と2日目が英語を中心として進行していくのに対して、3日目はフランス語を中心とすることで市民に対してテクノロジーへの門戸を大きく開放する。こうした言語の切り替えによるナショナル・アイデンティティの担保が市民を巻き込む大きな一つの原動力になっていることは間違いない。

大企業とスタートアップの連帯による課題中心型の展示:フランス/アメリカ

ナショナル・アイデンティティの構築は言語の面だけではなく、ブースの構成にも表れている。それは単に自国の優位性をいたずらに強調するといったようなものではなく、ローカルの大企業が各国のスタートアップとどのように連帯を構築していくのかを提示するデモンストレーションの場である。

Viva Techでは各企業がチャレンジというプログラムを設けている。スタートアップは興味がある企業のチャレンジに申請し、受理されると企業が運営するブース内で展示ができる仕組みになっている。僕らEmpathはフランスの通信会社であるOrangeのチャレンジに採択された。Orangeは7つのチャレンジを用意しており、僕らは彼らの音声アシスタントDjingoとのコラボレーション企画に応募し、Orangeのブースで展示ができることになったのだ。

東京のスタートアップが現地フランスの大企業ブースに出展できるという意味でViva Techの大企業ブースは各国のスタートアップに開かれたグローバルな場となっている。また、各大企業がそれぞれの課題に対して回答を与えうるスタートアップを自らのブースに招致することで、大企業がどこに課題を感じており、スタートアップとどのような連帯を模索しているのかが非常に理解しやすいブース構成となっている。したがってテクノロジー・ベースではない課題ベースの展示構成が多く、今後スタートアップと大企業とが共同して取り組んでいくべき課題をViva Techの参加者全員で、つまりはスタートアップ、大企業、そして市民をも巻き込んだ共同体の問題として受け入れていく場が用意されているのだ。

この点においてフランス現地企業とアメリカ企業の差異はあまりにも大きい。

Viva TechでのGoogleやFacebook、IBMの展示は基本的に自社プロダクトの展示に終始しており、上記のような展示構成をとっていない。例外としては、HPが現地フランス企業と同様のスタートアップとの連携によるブースを展開しており、Microsoftも同様のブース構成をとっていた。ところがMicrosoftの場合、自社製品のブースを入り口から目立つところに設定し、スタートアップのブースを別に設け会場奥に押しやるという「差別的な」階層構造を作ってしまっていたのだ。このようなブースは現地ローカル企業の連帯を中心軸としたブース構成との差異を余計に引き立たせる結果となり、スタートアップ側にも市民に対しても決していい印象を生まない。米国企業の展示からは覇権国家の「驕り」が透けて見えていた。

こうしたフランスとアメリカの差異は政策の次元にも還元できるだろう。Viva Technologyはフランス政府が醸成してきたスタートアップ・エコシステム拡大の流れを体現していた。2010年代のフランスはスタートアップの立場に立った政策を着実に進めてきた。大統領就任以前からフランス政府の経済・産業・デジタル大臣として、マクロンは「La French Tech」の名の下にフランスのスタートアップのグローバル展開とエコシステム形成を推進、本当に、本当に世界中のあらゆる場所で「La French Tech」のロゴに僕は出会った。そしてフランスは単に全世界でスタートアップ大国としてのイメージを布教してまわっただけではない。Station Fなどの巨大インキュベーター施設の構築による自国スタートアップのサポート、Viva Tech開催による自国の大企業と世界中のスタートアップとの連帯の視覚化、こうした一連の動きがフランスのスタートアップ・エコシステムをグローバルかつナショナル・アイデンティティが共存する特異的な環境にたらしめている。「La French Tech」の世界的な布教はスタートアップ大国としてのフランスのイメージを各国に植えつけ、さらにはその逆に世界中のスタートアップをフランスに呼び込む。そして世界中のスタートアップがフランスの大企業との連帯を形成することで、フランスは自国企業の課題解決を促進させる。単なる舶来品賛美に終始してしまいがちな日本がフランスから学べることは非常に多い。企業が真にグローバルたるには自国文化を捨てることなく、いかにグローバルな連帯を課題ベースで結べるかが重要である。ナショナル・アイディンディを度外視した安易なグローバル化は市民や自国企業の独自性を切り捨ててしまうことになりかねない。アメリカの政策がフランスのそれとはあまりに違うことは言うまでもない(「La French Tech」に関してはDMM.make.AKIBAのコミュニティー・マネージャーである上村さんの記事が参考になる)。

日本人が知るべきスタートアップ政策――CESで世界中を驚愕させたフランスのフレンチテック | FACT - DMM.make AKIBAによるビジネスメディア
ラスベガスで開催される世界最大の家電見本市CES(Consumer electronics show)、2017年の実績では3700社が出展、世界中から17万人が来場しました。 そのCES 2017で、フランスのスタートアップが大きな注目を集めたことはご存知でしょうか?CES 2017のスタータアップ出展数では、フランスはアメリカに次ぐ 第 2 位で、実に 172 社 ...
https://akiba.dmm-make.com/blog/?p=88

連帯の可能性:そして日本は・・・

現状の日本ではフランスのようなエコシステム形成が進んでいるとはとてもいい難い。海外のスタートアップだけではなく、自国の市民も巻き込んでいる点でViva Techはテクノロジーおよび企業と市民との接点を形成し、グローバル化とナショナル・アイデンティティの構築を同時を可能にする世界でも特異的な祝祭の場となっている。市民と企業、大企業とスタートアップ、自国企業と海外のスタートアップ、そうした多様な連帯が形成されつつあるという点でフランスから学ぶことはあまりに大きい。特になぜあんなにも多くの市民がViva Techに参加したのか、その謎は僕にはまだ明確になっていない。スタートアップやテクノロジーがクールなものであるという感覚が意識的にも無意識的にも社会全体に固着していない限り、こんな事態は起こり得ないからだ。

日本からはJETRO、Orange Fabを通して10程度のスタートアップがViva Techに参加した。ルクセンブルク、シンガポールに続いてパリでもJETRO主催のピッチコンテストでEmpathは優勝を勝ち取ることができた。こうした海外での展開と経験値が重なるにつれて、僕は日本のスタートアップをめぐるエコシステムがどうやって市民も巻き込み、世界のスタートアップも呼び込みながら多様かつ独自性のある世界を形成できるのかを考えたくなる。僕らが世界に出た経験値を自社ではもちろん、周囲の環境そのものに対してどう還元していくのか、どのような共同体が日本の良さを殺さずに世界に対して開かれたものになるのか、こうした課題に対してViva Techは非常に有効な参照枠となる。

普段身を置く共同体から一歩外に出ることで自らの共同体が相対化されること、また各共同体において自社がどのような役割を担いうるのか、市民をも含めたエコシステムのどこに対して寄与しうるのか、そうした鳥瞰図的な視点からあらためて自分の立ち位置を踏まえるうえでも、複数の国と地域の差異を肌を持って感じられる体験はあまりに贅沢であり、かつ、痛みを伴う。自国の現実の苦味をかみしめ、かつ舶来品賛美に陥らず、日本の独自性を打ち出していくためには「シリコンバレー流」などという紋切り型の免罪符を後生ありがたがっているいるようじゃダメなのだ、と、一緒に思ってくれる人がいるのであれば、ぜひ一緒に世界を飛び回りたい所存ですので、一緒に働きましょう(と、掲載媒体の性質を忘れかけていたので追記しておきます)。

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