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開かれたエコシステムのために:2. ルクセンブルク、東京

・日本人はどこ?

オーストリアでの二週間のプログラムにはアジア、イスラエルからスタートアップ10社が集まった。イスラエルから3社、韓国から3社、中国から2社、シンガポールから1社、そして日本からは僕らEmpathが1社。プログラムの内容はともあれ、こうした国際的なアクセラレーター・プログラムのいいところは世界中の企業家と直に話ができることだ。アメリカでの展開の難しさ、カントリー・マネージャーの採用、国内と海外展開のバランスの取り方、海外でも戦える人材の採用、資金調達、自国のエコシステムが抱える問題など、普段自分たちが抱えている問題を様々な国と地域の企業家と共有することで、解決の糸口や新しい方針が見えてきたりする。

(ウィーンの金曜日の夜、各国から集まった企業家とメンター同士で盛大に飲む。)

これはフラットな立場で話し合えるからこそ成立可能な学びの場なのであり、大企業やVCからのメンタリングやアドバイスでは得られないものだ。もちろん、大企業から学べること、VCから学べることはそれぞれの視点から有益なのであり、スタートアップである以上、そうしたエコシステムから逃れることはできない。大企業から、VCからしか学べないことは多くある。ただ、以前も指摘したように日本ではスタートアップ同士の横のコミュニティが未成熟であるため、それぞれに抱える問題をフラットに共有する場がなかなかない。しかも、海外展開となると、展示会出展などはともかく、実ビジネスを進めているスタートアップの数はまだまだ国内には少ないので、なかなか海外展開に関する知識・経験を共有することが難しい。

一歩外に出て海外のスタートアップと話をすることで、海外展開のための戦略立案や準備、人材の確保など国内では得難い知識を獲得することができる。自国政府の補助プログラムの活用、プロダクトのローカライズ、そもそも出張ベースではなかなか取引は成立しないこと(「まずは現地にいることが大事なんだ」サンフランシスコで、ドバイで、ウィーンで、タリンで、もう耳にタコができるほど聞いた警鐘だ)、各国ごとの商慣習の違いなど、本当に多くの学びがある。

そうやってお互いの経験やくだらない日常の話をしながらビールを飲んでいた時に、韓国から来たスタートアップの創業者は「それにしても海外のこういうプログラムで日本のスタートアップに会うのって珍しいよ」と言った。それまでの韓国語は英語に切り替わった。「だいたい韓国のスタートアップはこんな感じで何社かいるからたまには韓国語で話せるし、だから海外のプログラムでもそんなにストレスもないんだ。日本からのスタートアップって珍しいね。日本はスタートアップって少ないの?」

「日本人もアメリカに留学に来てるんだね、だいたいアジア系だと韓国や中国からがほとんどだから珍しいよ。僕はKUROSAWAやKITANOの映画が好きでね、君は・・・」それは5年前のニューヨークの大学のキャンパス。

そういえば数週間前のルクセンブルクでも同じようなことを韓国のスタートアップの人から聞かれたんだった。ルクセンブルク経済省主催のツアーに参加した日本のスタートアップは僕らだけだった。

・小さく、開けたエコシステム

神奈川県ほどの国土に50万人程度の人間が暮らすルクセンブルク、人口のほぼ半分近くが外国出身であり、英語はもちろん、フランス語、ドイツ語など欧州の主要な言語はほぼすべて通じる多言語国家である。そのため企業のヨーロッパ進出の拠点としての役割を担うことも多く、実際eBay、Apple、日本では楽天などのICT企業が欧州本社をルクセンブルクにおいている(もちろん税負担の軽さからルクセンブルクがタックスヘイブンと見なされていることは見落とせない)。僕らがルクセンブルクに目をつけたのはフランス(Orangeなどの移動体通信業者)、ドイツ(自動車産業)両国へのリーチのしやすさである、というのは完全に後付けで、実際には賞金総額€100,000といううたい文句に目がくらんでルクセンブルクで開催されるピッチ・コンテストPitch Your Startupに応募したのがきっかけだ。

世界200社近くの募集から最終15社がファイナリストとして選出されたのだが、アジアで唯一Empathは決勝戦まで残ることができた。そして日本のスタートアップとしてはじめて、Pitch Your Startupで優勝することができた。賞金総額が€100,000なのであって、実際に優勝企業がもらえる額がその半分の€50,000だと気づいたときはその場にあったワイン何杯かを一息に飲み干した。

賞金はもちろん重要だが、こうしたコンテストで優勝する意味は知名度の向上とエコシステムへの参入権獲得にある。とくにルクセンブルクのようなコンパクトなエコシステムの参入においてはこうしたコンテストでの優勝は大きな意味を持つ。優勝の翌日、ピッチコンテストの会場でもあったテック・カンファレンス、ICT Springでの「僕ら」(と言っても僕一人しかいなかったのだが・・・)のブースは人で溢れかえった。コンサルティング・ファームのAI担当者、大学などの研究開発機関、VC、アクセラレーター、官僚など、エコシステムを形成する多様なプレーヤーがそれぞれの役割からEmpathの展開・活用可能性を熱く語ってくれた。こうしたプレーヤー同士はほぼ全員顔見知りであり、キー・パーソンへの到達はかなり容易となっている。

資金調達、研究開発の拠点としてルクセンブルクは非常に魅力的であり、周辺ヨーロッパ各国への通用口としても有利な地政学的環境にある。ルクセンブルクは現在フィンテック、スペース・テック、バイオなどに力を入れているが、AIに対する関心も当然高まっているので、僕らようなAIスタートアップが参入するうえで資金面でも研究面でもエコシステムからの恩恵を受けやすい。また外国出身者が多いことからも政府が海外のスタートアップ誘致に対して積極的であるので、多様性に対して寛容であることからも、エコシステムへの参入が比較的容易である。

ただし、人口の少ないルクセンブルク国内にマーケットがあるわけではないので、ルクセンブルクはあくまで研究開発やヨーロッパ本社としての機能を持たせるのに有効であり、こうした点はエストニアなどとも状況が似ている。

それでもコンパクト・シティとしてのルクセンブルクの魅力は大きく人的ネットワークの形成のしやすさ、政府高官への直接的アクセスの容易さ、また日本でいえば日本のルクセンブルク経済庁からの充実したサポート体制など、ルクセンブルクをヨーロッパの拠点とする魅力は大きい。

・ルクセンブルクから日本のエコシステムを考える

もはや当たり前の前提であるが日本のエコシステムのこれからを考える上でルクセンブルクが参考になる点は多言語性である。カンファレンスでも実ビジネスでもミートアップでも英語が通用する。さらに、ドイツ語やフランス語も多くの人が話すので、結果ヨーロッパ各地へ展開しやすくなる。

この点は何度強調してもし過ぎることはない。ルクセンブルクやエストニアのような小国のエコシステム・モデルは外部からのタレントを誘致することで成立している。たとえば日本の地方自治体がこのモデルを参考とし、海外スタートアップを誘致することで国内のエコシステムを醸成させるという方法が考えられる。ところが、実際にはルクセンブルクのモデルをそのまま日本で当てはめることはできないだろう。それは何よりも言語による。日本のマーケットに魅力を持っていたとしても、言語の壁やローカライズが障壁となり、スタートアップの海外展開の優先的進出先としては日本はノミネートされないだろう。ルクセンブルクにせよエストニアにせよ、ビジネスは英語で完結する。語学に関しては教育の問題以上に、そもそも僕らが外に出ていく切迫性に欠けているという大きな問題があるので、すぐに解決できるような問題ではない。いやいや、英語ができることは海外展開にとって本質的な能力ではないのじゃないか?情熱があって、いいプロダクトを巧妙なビジネスモデルでさばいていけば、どこにだって展開できるはず。こういった議論はよく耳にするだろうが、それは英語が不要ということではなく、そもそもある程度語学ができることなど海外で戦う大前提なのであり、語学は本質的に必要となる能力を議論する手前の問題であるに過ぎないのだ。僕らはこの手前の問題でいつも大きくつまづいてしまう。

いったい英語の呪縛に対して僕らはどう戦っていけばいいのだろう。会話偏重の教育プログラム導入がこれに対する回答でないことなどは当然だ。そもそも国民全員が英語を話せる必要など全くない。義務教育で英語ではなくほかの外国語を選択する自由だってあっていいはずだ。僕らに欠けているのは圧倒的な切迫性である。逆に言えば、切迫感がなくても、国内でどうにかうまく仕事を回していけるくらいには、この国は恵まれているのだ。

・着実に孤島のなかで埋もれていく

勝てば官軍、ピッチコンテストでの優勝によりルクセンブルクの有力紙にはいまだに僕らの記事が週に一回は掲載される状態が続いており、ルクセンブルク自体も国としてスタートアップの呼び込みに力を入れていることをうたっている。フランスがスタートアップ大国としてヨーロッパのみならず世界中を席巻していく中で、ルクセンブルクやエストニアといった小国も自国外からのタレントを積極的に招致することで産業の興隆をはかっているのだ。

実際、ピッチコンテストのファイナルに残った15社はどこも素晴らしいサービスを開発しており、ヨーロッパ中から集まった優秀なスタートアップとの交流こそ、優勝以上に意味のあるものだった。

ピッチコンテストの結果発表を待つ間、ファイナリストは一つのテーブルを囲んで夕食を取りながら自分の会社の名前が呼ばれるのを期待していた。僕らはお互いの国の商慣習や資金調達の状況、海外展開の困難などを共有しながら、どうやってこれから世界で戦っていくのかを議論していた。

「日本は他の国と違って十分大きなマーケットがあるからいいじゃない。私たちは外に出ていかないと、そもそも生きていけないのよ」

クロアチアからやってきた、その企業家の言葉はその後すぐに東京でも残響音を残したまま、別の口から反芻されることになる。

「私たちは外に出ていかないと生きていけないの。日本に来た理由?マーケットがあるからよ」インドネシアで育ち、香港でスタートアップを立ち上げた企業家はそう言った。

「ルクセンブルクには潤沢に資金があるからね。韓国ではまだまだ資金調達が難しいんだ」韓国からICT Springに出展しにやってきた企業家は言った。

その切迫した状況が彼らに言葉(英語)を与え、海を渡らせる。

僕らはそれなりに幸福な環境の中で、牙を抜かれ、舶来品を弄びながら、着実に孤島のなかに埋もれつつある。

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