私にとって「運動」は、学生時代から遠い存在でした。体育の成績はいつもギリギリで、社会人になってからは、デスクワークの毎日。一番得意な運動は、せいぜいオフィスチェアから立ち上がって、コーヒーを淹れに行くこと、なんて冗談を言っていたほどです。
そんな私が、まさか仲間と一緒に山を登る日が来るなんて、想像すらしていませんでした。
社内の有志が企画した「登山イベント」の話を聞いたとき、正直なところ「え、山?無理でしょ」とまず頭をよぎりました。日頃から体を動かす習慣もない私が、山道なんて歩けるはずがない。きっとみんなの足手まといになるに違いない、と少し憂鬱な気持ちになったのを覚えています。
▼ 心に芽生えた、小さな違和感
それでも、なぜか心のどこかで「ちょっとだけ」興味が湧いていたのも事実です。普段、部署が違うとなかなか話す機会のない同僚たちが、「初心者も大歓迎!」と楽しそうに声をかけ合っているのを見て、もしかしたら新しい発見があるかもしれない、と淡い期待を抱きました。そして、最近少しマンネリ気味だった日常に、何か変化が欲しかったのかもしれません。
数日悩みましたが、結局「えいや!」という勢いで参加を決意しました。軽い気持ちで申し込んだものの、当日はやはり不安でいっぱいでした。前日の夜は、どんな服装で行けばいいのか、途中で息切れしないか、足がつれたらどうしよう、などあれこれ考えてしまい、なかなか寝付けなかったほどです。リュックに詰める荷物を何度も確認したり、普段着ないアウトドアウェアを鏡の前で試着してみたり。そんな準備の段階から、もうすでに「いつもの私」とは違う自分がいたのかもしれません。
▼ 仲間と歩む、予想外の心地よさ
2月の終わり、春の訪れを感じさせる穏やかな金曜日。集合場所に集まったのは、総勢10名ほどの仲間たちでした。私と同じように、登山はほとんど初めてという人も何人かいて、少しだけホッとしました。朝の澄んだ空気は、これから始まる未知の体験を祝福しているかのようでした。
私たち初心者の強い味方になってくれたのが、山に精通したベテランのメンバーでした。彼は私たちのペースを常に気遣ってくれました。急な上り坂では、先頭を譲ってゆっくりと誘導してくれたり、少し疲れてきた頃には「ここで一息入れようか」と絶妙なタイミングで休憩を促してくれたりしました。道中では、さりげなく咲いている花の名前や、珍しい木々について教えてくれたりと、細やかな配慮が本当に心強かったです。木漏れ日が差し込む山道は、都会の喧騒とは全く違う、静かで穏やかな時間が流れていました。
最初は無言で景色を眺めるだけだった私ですが、先輩の温かい気遣いや、隣を歩く同僚との何気ない会話が、少しずつ私の心を安心させてくれました。「ここからの景色、すごいですね!」「もうすぐ頂上かな?」そんな言葉を交わすうちに、不安は薄れ、山を登る楽しさに少しずつ引き込まれていきました。足元には小さな野草が顔を出し、鳥のさえずりが耳に心地よく響きます。一歩一歩、足を進めるたびに、身体の奥から力が湧いてくるような感覚がありました。
▼ 景色が教えてくれたこと
そして、ついに山頂へ。目の前に広がるのは、見渡す限りの大パノラマでした。街の喧騒から離れた、静かで澄んだ空気が全身を包み込みます。眼下に広がる景色は、ただの眺めというより、私自身の心にも広がるような、そんな感覚を覚えました。遠くに見える街並みは、まるでミニチュアのようです。日常の悩みや、小さな不満が、この壮大な景色の中に溶けていくようでした。
「来てよかった!」
誰からともなく、そんな声が聞こえてきました。私も全く同じ気持ちでした。登りきった時の清々しい空気と、胸の奥からじんわりと湧き上がるような充実感は、忘れられないものです。普段、会社のデスクでは見せないような、みんなの晴れやかな笑顔がそこにはありました。一つの目標に向かって、仲間と力を合わせる一体感。それがこんなにも心地よいものだとは、想像もしていませんでした。まるで、それぞれの個性が集まって、一つの大きな景色を作り上げているかのような感覚でした。
▼ 筋肉痛という、愛おしい証拠
もちろん、代償もありました(笑)。
翌日、私はとんでもない筋肉痛に見舞われました。特に階段を降りるのが一苦労で、普段何気なく使っている階段のありがたさを痛感しました。まるで足が鉛になったかのように、一段一段をそろそろと降りる自分に、思わず苦笑してしまいました。社内で同僚と顔を合わせるたびに「筋肉痛やばいですよね!」「私もです!」と、まるで合言葉のように声をかけ合い、思わず笑ってしまいました。その痛みは、挑戦の証として、私たちを結びつける絆のようでもありました。
でも、その痛みさえも、頑張った証拠だと妙に愛おしく感じられたのです。普段のデスクワークでは決して感じられない、身体を使った充実感。それは、きっとこの先も忘れられない、大切な思い出となるでしょう。この筋肉痛は、ただの痛みではなく、私に新しい自分と出会わせてくれた「勲章」だと感じました。
▼ 新しい一歩を踏み出す勇気
この登山は、私にとって大きな「気づき」を与えてくれました。一人では決して味わえなかった達成感。そして、何よりも、新しいことに挑戦する一歩の尊さです。小さな一歩を踏み出すことの勇気と、そこから得られる大きな喜びを、私はこの山で知りました。
心身のリフレッシュはもちろん、職場の仲間との距離がぐっと縮まったような気がします。そして、自分の中にまだ眠っていた、新しい可能性を発見できたような感覚もあります。もしあの時、私が参加を躊躇していたら、この素晴らしい経験は得られなかったでしょう。
筋肉痛は数日で引いたけれど、あの日の笑顔と、仲間と分かち合った喜びは、ずっと心の中に残っています。これからも、小さな一歩を踏み出す勇気を大切にしながら、日常に彩りを加えていきたい。そんな静かな希望を抱いた、特別な一日でした。次回もぜひ、この心地よい挑戦に参加したいと、今からわくわくしています。もしかしたら、次はもっと高い山に挑戦する自分に出会えるかもしれません。
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