オカマの私がEnjinを選んだ理由(ワケ)

 はじめまして。株式会社Enjinでクリエイティブ部に所属しております、林田常平(はやしだ つねひら)と申します。私のことは気軽に「おつね」と呼んでもらえると嬉しいです。

 以前に私の上司の寺崎が『僕がクリエイティブ新卒第一号にオカマを採用した理由(ワケ)』という投稿をして、「おつねちゃん視点からの話も聞きたい!」という声を多く頂いたので、今回筆を取らせて頂きました。しばらくお付き合い頂けると幸いです。

 まず初めに簡単な自己紹介を。私は生まれてから高校3年までの18年間を長崎県ですくすくと健やかに育ちました。小学校の時は「野球よりお人形遊び」「黒よりピンク」「仮○ライダーよりおジャ○女どれみ」そんなちょっと変わった(?)男の子でした。そのため田舎特有の「周りと違う子は輪から外そう」という風潮の格好の餌食になってしまって。物の見事に友達は0人、放課後はお母さんとお茶をして過ごすか、習い事に行くしかないような状況でした。



 小学6年生になった時、「このまま地元にいたら私には友達が出来ない!ヤバい!」って流石に危機感を持ちはじめて(ちょっと遅いかしら?笑)、地元からバスで1時間かかる中高一貫校の受験を決意し猛勉強を開始。なんとかギリギリで合格を勝ち取ることできました。

 入学式の日、「ここには私のことを知っている人がいない……!何としても普通の男の子としての幸せを手に入れるんだ……!!もう絶対自分のことをオカマとは言わせないぞ……!!」と、めちゃくちゃ意気込んで登校したものの、やっぱりだんだんと日が経つにつれて、こぼれ落ちる偽りの『常平くん』……。そしてある日、遂にハッキリと聞こえてきた「常平くんって……もしかしてオカマ……?」という声。

 正直この時はめちゃくちゃショックで、大袈裟かもしれないけど、「あ、もう私の人生終わった」ってくらい絶望のどん底に落ちたのを覚えています。だって、友達がいないのが嫌で、オカマって言われるのが大嫌いで、めちゃくちゃ勉強して勝ち取った夢のスクールライフが、わずか数日で壊れてしまったんですもの。自分より不幸な人なんていないんじゃないかってくらい悲劇のヒロインシンドローム状態でした。

 でも、ちょうどそんな時に世の中が空前の「オネエブーム」に包まれはじめたんです。ゴールデンの時間帯にお化粧をした男性が女性口調で毒づき、周りの人たちが心の底から笑っている。時には人生相談の相手になり、人々の瞳に暖かい涙を溢れさせている。それをたまたまテレビで見た時に、「私もいっそこと、自分のありのままを受け入れて、このくらい振り切れたほうが面白い人生になるのかな?」って思ったんです。それからは〈ありのままのおつねちゃん〉で学校に行くようにしました。それが、中学3年生の時です。

 〈ありのままのおつねちゃん〉になってから、少しずつ私の人生が変わりはじめました。心無い言葉をかける人よりも、暖かい言葉をかけてくれる人が増えてきて、人生で初めて「友達」って言える存在ができはじめたんです。「自分が自分を受け入れることで世界が変わる」ってことを実感し、どんどん怖いものがなくなっていきました。



 その後は、「たった一度の人生、悔いがないように生きたい」って思って、第一志望だった日本大学芸術学部に合格し、入学と同時に東京に上京しました。大学に入って初めての自己紹介の時は、昔みたいに偽ることなんて一切しなくて「私はオカマです。苦手な人はすみません。」って言ったんです。そしたら美大でちょっと変わった人が多かったからかしら……、「素敵!面白いね!」って言ってくれる人が凄く多くて。気づいたらたくさんの友達に囲まれる生活になってました。大学3年生になった頃には「ミスコンテスト」(ミスターじゃないわよ?笑)のファイナリストにまで選んで頂いて、〈オカマのおつねちゃん〉として伸び伸びと人生を謳歌することができるようになっていきました。でも、そんな私にまた神様は、いたずらをします。それが「就職活動」です。

 「男性・女性」のどちらかしか性別を選べず、外見の性別によって見た目の個性を奪われ、自己PRでセクシャリティを暴露しようものなら、臭いものに蓋をされる。再びオカマであることがコンプレックスになりかけていた時に出会ったのがEnjinです。

 自分らしく働ける環境を探して、ジェンダーを公表して就活をしていた中、最初の面接で「お前!おもろいな!!」と言われたのは、弊社が最初で最後でした。笑

その時に「あ、ここなら働いてみたいかも」って。就活ではじめてそう感じました。

 その後は、営業職じゃなくて、クリエイティブ職の方が向いているかもしれないと言ってもらい、寺崎の記事にあったように、クリエイティブ部の新卒第一号として採用して頂きました。人事担当の方から「残念ながら、私たちと働いてもらうことになります。覚悟はいいですか?」とお電話を頂いた日の事はいまでも覚えています(笑)。

 入社してから、最初のうちはワックスでおでこを出して、スーツを着る、いわゆる普通の男性のスタイルで出勤をしていたのですが、ある時、先輩から「おつねちゃん、メイクしてこないの?」って本当に素朴な疑問として、聞かれたんです。その時の私の感動は凄く大きくて。次の日からバッキバキのメイク姿で出勤しはじめました。

でも、自分らしく働けるようになってから、より悩んでしまうようになってしまって。今までは学生だったということもあって、オカマちゃんという個性さえあれば、それだけを武器に魅力的な人間として扱ってもらえていましたが、一社会人の「林田常平」としての魅力は全然ないということを痛感するようになり、自分の中で大きな葛藤が生まれました。

 私は大学で映画を専攻こそしていましたが、自分が作った映画で賞を取ったことがあるわけではありませんし、フォトショやイラレも数える程度にしか使ったことはありません。ましてや自分の企画立案で何かプロジェクトをやり遂げたこともありませんでした。

 そのため「クリエイティブの新卒第一号」という肩書きが非常に重く、自分が何を期待されているのか、どんな期待になら応える事ができるのか、そもそも私はこの会社に相応しいのだろうかなど、思考が負のループに陥りました。

 そんな私に寺崎がかけてくれた?投げつけた?言葉があります。それは「40歳になって仕事できないオッサンはイタイけど、40歳になって仕事できないオカマはもっとイタイ。」という言葉……。この言葉、すっごく過激で、出るとこでたら勝てそうな発言ですけど……(笑)。その時の私は、「確かにこのままだと〈ありのままのおつねちゃん〉としての魅力すら無くなってしまう!」とすごく納得したんです。

 まだまだマイノリティは二の次三の次にされがちなこの日本で、自分がありのままで生きていくと決めたのならば、普通の人より2倍も3倍もがむしゃらに働いて、輝く!という覚悟を持たないといけないなって。目が覚めたような気分でした。

 私が「オカマ」として輝くことで不快に思う人もいると思うけど、きっとそれ以上に、勇気をもてる人たちもいると思うから。もう一つは、昔「オカマ」と呼ばれるのが大嫌いだった自分のことを、今の自分が認めてあげるために……。これからも輝いて生きていきたいなって思います!!



 自己紹介(?)が長くなってしまいましたが、私がEnjinを選んだ理由(ワケ)は、「色眼鏡で見られない」から。男性だろうが、女性だろうが、その他の何者だろうが、その人の内側を見るのに何も関係がなくて、良い意味で「オカマであることが、何の意味を持たない」ところです。

 社員の個性を大切にする、そんな社風だからこそ私は「ここで頑張ろう」と思えました。 会社からの期待をしっかり背負いながら〈ありのままのおつねちゃん〉だから出来ることを最大限に広げていきます!

 長文にお付き合い頂き、ありがとうございました。またぜひこうした機会があれば嬉しいです!

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