【スタッフ紹介】20代の頃に彷徨いながら、見つけた私の挑戦。プロボクサーから制作、そして営業へ。


これから働く人に向けて「あ、こんな感じで働いてもいいんだ。もっと素直でいいんだ。」と肩の力を抜いて、仕事を通して少し勇気を持って「あたらしい挑戦」をする機会になればと、入社してたった2ヶ月の新入社員から見た、商報で働く人たちの声を皆さまに届けたいと思います。

-インタビュアーのプロフィール-

はじめまして。
株式会社商報/株式会社ザネットでディレクターとして働くことになりました坂(さか)です。前職はWeb制作会社でアシスタントWebディレクターをしており、2017年12月から弊社に転職。今回は社員の皆さんの事を新入社員の視点から伝えるスタッフ紹介の第1弾として、インタビューさせて頂くことになりました。趣味は映画鑑賞と温泉巡りです。

-営業課長 新見のプロフィール-

現在、大阪市内営業所で営業課長として働く新見(にいみ)です。様々な職種を渡り歩き、1997年に入社して、現在21年目になります。不動産会社、住宅メーカー、建築会社を中心に大阪市内から大阪東部エリアが主な担当です。また、1児のパパでもあります。趣味はキックボクシングで汗をかく事です。

坂-本日はどうぞよろしくお願いします。

新見-よろしくお願いします。


「20代の頃に彷徨いながら、気付けば制作現場にいました。」


坂-はじめに商報に入った理由やなぜこの業界に興味を持ったのかお伺いできますか?

新見-もう昔話過ぎて覚えている範囲になりますが…。


新見:小学校の時から美術が得意でデザインには興味・関心がずっとありました。高校3年の時に続けていたボクシングでプロライセンスをとってプロボクサーに。好きなボクシングを続けつつ、運輸会社でアルバイトをして食いつなぐ日々。家の電気料金を払えず冬にシャワーが冷水しかでない日も。

働いていたアルバイト先に来ていたトラック運転手さんから「制作の会社を紹介するよ!」と言われ、それがきっかけで22~24歳くらいまで制作に関わる仕事を続けてきたんです。今では全く目にしなくなった写植(※)の仕事をしていました。職を転々として3年くらい過ごしていたでしょうかね。

(※)「写植」とは活字を用いず、文字板からレンズを使って一字ずつ感光紙またはフィルムに印字して、印刷版を作ること。


「無くなる職種からお客さまとの関わりに可能性を感じ、営業へ。」


新見:その後「写植」という職種も今後は無くなっていくだろうと思い制作会社を辞め、25歳くらいの時にジュエリー販売会社に入社しました。通信販売部で出荷・返品作業や事務的な仕事をしていました。それ以外に電話でのお客さまのクレーム対応等もしていたんです。私はこの仕事の最中「人との会話の中で、お客さまのことを知り、信頼関係が生まれること」に興味を持ち始めました。


新見:ちょうどその頃、求人情報を見ていて目に止まったのが「商報」でした。

求人募集欄に「営業」と書かれてあったので、自分の好きな制作現場で営業の仕事をしてみるのもありだなと思って、「あたらしい挑戦」をするため商報に応募しました。そもそも若い頃は全くお金がなくて、間髪入れずに転職していましたが、それからこの会社に入社して21年になりますね。


「一見遠回りしてやってきた事も全て繋がっているんだな、と気付いた。」


新見:27歳の頃、商報に入社して、しばらくは堺本社で「工務部」の仕事を3ヶ月ほど経験。


営業募集で入ったのに全然違う仕事してるなぁと思っていました。その後「営業募集で入社したんですけど営業できませんか?」と当時の社長(※現 会長)に相談すると暫くして、営業研修として堺市内で3ヶ月くらい営業の勉強をさせてもらい、その後ちょうど京都支社に欠員が出たので京都支社へ異動することになりました。というのも堺本社での営業は空きが無くて浮いていたんです。


それで晴れて営業として働くことになりました。ただ、当時私のお客さまは京都に全くいない状態。しかも初めは営業のことを何も分かっていなかったんですよね。辛い時もありましたが、良い意味で開き直って「自分なりにやれる事はやろう!」と開拓地を広げ、お客さまとの関係を作っていくうちに気付いたんです。


ふと、思い返すと今までやってきたボクシング・制作・工務・営業でも出来ない事から出来る事を増やしていくことに夢中になっていたんだと思います。営業としてというより、人としてお客さまと同じ目線に立って学んでいくことが楽しい。


そんな感覚で仕事をしていると思ってもみない方向に行っている様でも、自分で決めて実行してきた事は全て自分に返ってくるんだなと。結果的に先に来ていた担当よりもエリア成績が良かったんです。要は他の人に負けたくなかった結果なんでしょうね。


「『ここで一生働くぞ!』と思って、今の会社を選んでいました。」


坂-この商報で仕事を続けてきた理由について伺ってもいいですか?


新見:若い頃は転職を繰り返して気付けば「制作」現場に居たのですが、私は今の仕事を選ぶ時に「ここで一生働くぞ!」と思って会社を選んでいたんです。まぁ若い人からすると古い考え方なのかもしれませんが。20代後半になり、結婚もしたので「家族を養っていかないと。」という意識が芽生え、やはり同じ職場で仕事が続けられればと思いました。


坂-今更ですが、ご結婚おめでとうございます。

新見-何年前の話やねん。


新見:あと、ちょうどこの京都支社で無我夢中で働いた経験からどんな職種の仕事でも、どのエリアであったとしても「自分はできる」という小さな自信がついたのが大きいかもしれませんね。


新見:元々制作の仕事をしていたにも関わらず様々な職種を経て、人との関係構築力が自分の強みとなり、今は自信をもってお客さまに信頼されているんだと思えます。その頃から、私自身も意識していたことなのですが「興味や関心がある仕事に対して柔軟に、かつ素直な姿勢で臨むこと」こそが必要だと思う様になりました。だからこれからどんな職種・職場で働こうかと転職を悩んでいる方にはまずこの姿勢が準備できているか考えてみることも大事です。職種を選ぶのはその後でもいいのかもしれませんね。


坂-ある種、ターニングポイントになった時期なんですね。

新見-はい、そうだと思います。




坂-今、大阪市内営業所にいらっしゃいますが、この支社をどんな体制にしていきたいとかはありますか?

新見-坂君、なかなか難しい質問やなぁ。


新見:そうですね…。そもそも今、大阪市内営業所では「営業チーム」と「制作チーム」がバランスを取って仕事をしています。ただ、このバランスを保って仕事をすることが繁忙期になると非常に難しくなります。そこで営業と制作のバランスを取れるディレクターを中心とした体制作りができればと思っています。ディレクターには案件の情報整理を行ってもらい、制作チームへ企画の方向性を指し示す「旗ふり役」になってほしいですね。それがお客さまにとっても仕事をするチームでも非常に重要なミッションだと感じています。

これらは弊社がお客さまにとって「一番の理解者であり続ける」ために必要なことではないかと思いますし、そんな体制づくりをしていきたいと思っています。


坂-新見課長、ありがとうございます。

新見-こちらこそありがとうございました。


坂:長年続けてきた広告・制作現場で得られた自信。お客さまとの信頼がその自信を裏付ける形で新見課長を支えてきたのかもしれません。

元々なりたい職業ではなく好きなボクシングに打ち込み、たまたまその後、興味を持った制作の仕事へ。そして全く違う営業畑へ職種をシフトしてきた新見課長。20代の頃に彷徨いながら、見つけた柔軟に変化していくスタイルこそが新見課長の続く未来への「挑戦」なのかもしれません。

普段から職場を楽しませてくれる上司ですが、このインタビューを通じて社内・社外を問わず自分と関わる全ての人との関係性を大事になさっている姿勢を知り、私も学ばせて頂くことができました。




[撮影] 張本 舜奎|[書き手] 坂 彬光

株式会社商報's job postings
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