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Wantedly Journal | 仕事でココロオドルってなんだろう?

Special

119番通報の裏側に潜入。入庁5年目。こうして私は機関員になった

女性消防士の果敢な挑戦と等身大の言葉【前編】

2017/08/05

西武池袋線の清瀬駅から車を走らせること5分ほど。車道の両側に田畑が広がるのどかな風景を進んだ先に野尻ミドリさんが勤務する清瀬消防署がある。

2012年に東京消防庁に入庁後、消防学校を卒業し、13年の春から清瀬消防署に勤務している野尻さん。消防士と一言でいってもその役割はさまざま。野尻さんはポンプ隊の機関員として働いている。119番通報を受けた指令室から出場指令を受けると、ポンプ車を運転し、現場に駆けつけるのが仕事だ。

はじまりは、「カッコいい」と素直に口にしたこと

「先のことを選ぶにあたって、自分に合っているかということは後回しにしてしまいます。本当にこれがやりたいと思ったら、進んじゃうという感じで」

自身のことをそう分析する野尻さん。

東京消防庁入庁後の基本的な流れはこうだ。半年間、消防学校で基礎知識や技術を学んだ後、各消防署に配属される。配属後は、ほとんどの職員がポンプ隊員として、現場活動を経験し、そこから、自分の目指す分野へ進んでいく。

野尻さんも同じように最初はポンプ隊として勤務していたが、「やってみたい」と思ったら突き進むのみ。災害現場で、大隊長の方針を部隊に伝達する「伝令」というポジションを経て、晴れて機関員になった。

「ポンプ隊員だった頃に、機関員が運転する様子を見ていて『カッコいいなぁ』と思いました。そのときの機関員に『カッコいいですよね』と話しかけたら、仕事についてちょっとずつ教えてくれるようになったんです。そこからさらに興味を持って、自分も機関員になり活躍したいと思うようになりました。特に憧れたのは、指令を受けても慌てることなく、地図をバッと開いて一瞬でルートを頭に叩き込み、確実に現場に到着するその姿ですね」

清瀬消防署外観。同署は、昭和44年4月1日に清瀬町消防本部・清瀬消防署として発足後、昭和49年4月1日より現在の東京消防庁清瀬消防署となった。
 野尻ミドリさん

機関員の仕事は、その後の結果を左右する重要なポジションだ。災害現場に安全かつ迅速に到着することはもちろん、到着後は水利を確保しなければ、消火も救助も始められない。

「指令を聞いて、地図を確認して、出場して、水利を確保する。その基本的な流れを何も考えずにできるようになるまでやりこまないといけません。私は、何度も繰り返さないと覚えられないタイプなので、訓練を重ねてようやくスムーズにできるようになりました。一番大変なことといったら、やはり訓練ですかね」

消防署1階にある受付兼通信指令室。災害が起こればまずここに情報が入る。
指令を受けて自分で作った地図を確認する野尻さん。現場までどのルートを選ぶのが安全かつ迅速なのか、どの消火栓から水を引き上げるか(水利の確保)など、さまざまな条件を瞬時に判断し、最善の策を考える。
ルートを頭に叩き込み出場する。走っている消防車を見ることはあっても、目の前にするとその迫力に驚く。
消火栓から水を吸い上げる「吸管」。まるで大蛇のような見た目のとおり相当な重さがある。消防車からこの管を伸ばし、水利を確保するのも機関員の仕事だ。

書いて、塗って、切って、貼って。アップデートを重ねて行く地図

機関員の最重要アイテムといっても過言ではないのが手作りの地図だ。

「地図を車内に持ち込んで確認することが禁止されているわけではないんですけど、そうなると途中で停車して確認しなければならなくなり、その分到着が遅れます。1秒でも早く現場に着くことが大前提なので、休みなどを利用して消防署の管轄の道を確認したりします。道を覚えることは機関員として何よりも必要な仕事です」

地図を見ている時間は、およそ10秒ほどだっただろうか。秒単位の戦いを制するためには、目印を書き込む、色を分けるなど機関員ごとに独自の工夫が光る。

野尻さんの地図

「住宅地図をコピーして、地区ごとに切り貼りしてファイルに綴じます。基本は変わりませんが、1丁目と2丁目を一緒にする人、別にする人など分け方は人それぞれ。目標とするものも自動販売機を選ぶ人もいれば、ポストや電柱を選ぶ人もいる。個性が出ておもしろいと思います。街は常に変わっているので、何もなかったところに30棟ほどの家が新たに建っていたり、道がドーンとつながっていたり。そういう場合は、そこだけ切り取って新しい地図をペタッと貼ったり。地図作りに終わりはないですね」

夢の実現の裏にあった両親の反対

小さな頃から体を動かすことが大好きだった野尻さんは、進路を考えるうえでも自然とそんな仕事に惹かれていった。両親の知人に自衛官がいたことをきっかけに「人を助ける仕事」に興味がわき、自衛官、警察官、消防士などの公安職に憧れるようになる。最終的に消防士に気持ちが傾いたのは、宮城県にある実家の近所で火災が起きたときに消防士の姿を目にしたから。

しかし、両親は大反対した。進路の話をするようになった高校在学中から、入庁後もその姿勢は変わらなかった。

「今だからこそ応援してくれていますけど、メディアで取り上げられるのは危ない場面ばかりじゃないですか。親は消防士の一面だけを見て、『毎日命懸けの現場に行くような仕事を娘にやらせたくない』という思いがあったみたいです。だから、公安系の仕事に就きたいと言い始めたときから『ちょっと考えられないなぁ』という感じで、うれしそうな顔はしませんでした。ようやく最近になって、私も仕事の話をしっかりするようになったこともあり、この仕事にやりがいを感じていることをわかってくれて。本当にようやくですね」

そうは言いつつも、野尻さんもまた消防士の仕事がこんなにも多岐に渡るのだと知り驚いたと語る。

「『この赤い車がこんなにいろんな現場に出動していたなんて』とびっくりしました。火災の現場はもちろんですが、救急の現場も、雨が降って冠水してしまったといった自然災害が起きたときもそうですし、『誤って非常ベルが鳴ってしまった』というケースもあります。いろんな方の対応をするんだな、なんでもやってるんだなって」

呼ばれたら現場に行く。それが野尻さんたちの役目だ。大変なことも多いけれど、だからこそほんの一言が支えになることもある。

「機関員になった今では、都民の方と接する機会は減ってしまいましたが、ポンプ隊員の頃は、救急隊の支援をする現場で、傷病者の方やご家族から話を伺うこともありました『ここが苦しくて』など、症状の説明を受けたり。応急処置しかできない私に『ありがとうございました』と声を掛けてくださる方もいて。その言葉にやりがいを感じました」


今回、特別に清瀬消防署の訓練の様子を見せてもらいました。開始の合図とともに目が回るほどの速さで連携プレーが繰り広げられる様子は圧巻。大きな消防車に乗り込み、重量のある吸管を手際よく設置し、声を張り上げコミュニケーションをはかる野尻さんの姿、本当にかっこよかったです。後編では、女性消防士として働いてきた野尻さんのならではの視点に迫ります。

Interviewee Profiles

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野尻ミドリ
清瀬消防署 消防副士長
1994年生まれ、宮城県出身。2012年東京消防庁入庁。東京都消防学校を卒業後、2013年春より現在まで清瀬消防署に勤務。ポンプ隊員、伝令を経て、2017年4月よりポンプ隊の機関員に。最近、カメラを始めたばかり。おしゃれな写真が撮れるように日々練習中。

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