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横浜FC 広報 藤野 絵理香さんが模索する、全員がハッピーになれる方法とは

2018/08/09

2007年から横浜FCの広報を務めている藤野絵理香(ふじの・えりか)さん。養護教諭を目指し進学した大学での生活の中で、新たに見つけたJリーグクラブの仕事。この仕事に就くまでの道のりと職業へのこだわりを教えていただきました。

養護教諭になる夢を諦め――。出会いがつないだサッカークラブの広報への道

高校の部活動で過呼吸を起こしたときに、保健室の先生が親身になってくれたことをきっかけに、藤野さんは養護教諭になりたいという夢を持ちました。

人に頼られ、必要とされる仕事に憧れたそうです。そんな藤野さんがサッカーの世界に出会ったのは偶然でした。

「昔からサッカー好きだったんですか? ってよく聞かれるんですが、もちろんテレビでJリーグは見てましたけど、そこまで詳しくはなくて……。大学生のときに、2002年日韓ワールドカップが開催されて、私の地元の宮城県でも試合があったんです。それでボランティアスタッフに参加して、“サッカーには色んな仕事があるんだ!”ということを知るきっかけになりました」

サッカークラブの広報という仕事を知ったものの、藤野さんは当時、養護教諭になりたくて資格をとるために大学に通っていました。広報の職に就いたきっかけは、またも偶然からでした。

「その後に養護教諭の採用試験を受けたんです。でも不採用で……。そこでスポーツ系の専門学校で講師をしながら、もう一度、採用試験を受けましたが、またまた不採用(笑)。そんなときに、関西のクラブチームが社員を公募をしていることを知ったんです。クラブチームの社員を公募するって、この世界ではとても珍しいんですが、『とりあえず受けてみよう』くらいの気持ちで受けたんです(笑)。そしたら受かってしまったんですよ」

――ラッキーですね。ご家族も喜んでくださったんですか?

「両親は大反対でした。特に母親は(笑)。実家が宮城県で、当時すでに実家からは離れていたものの、宮城県からは遠く離れたことはなかったんです。それに、私もそのときは、どれだけ多くの人から必要とされている仕事なのか、きちんと説明できなかったので『そんなよくわからない仕事なんて!』って(笑)。両親はとても不安だったようです。でも、妹が『お姉ちゃんがやりたいことなんだから』って、私の背中を押してくれました。
所属が決まったチームでは、最初はどの部署に配属されるかもわからない状態だったんですが、2カ月で広報の担当となりました。そこで初めてサッカークラブの広報という職の大切さを知ったんです。サッカー業界は男性が多い中、当時の先輩が珍しく女性の方だったんですが、とにかく素敵で信頼できたことも大きかったと思います」

実家から遠く離れた関西に行くことに心細さを感じつつも、ひとりで旅立った藤野さん。そのクラブチームで、広報として今も尊敬する先輩と出会うことになります。横浜FCへの転職も、偶然とその先輩からのアドバイスを受けての行動でした。

「もともと転職は考えてなかったんですが、当時、所属していたクラブチームがJ2降格になってしまい、私は営業に異動になったんです。そのときに偶然、横浜FCがJ1に昇格して広報経験者を探していたんですね。ありがたいことに、そこでお声がけをいただいて……」

――即決即断でしたか?

「いえ、異動になって営業も楽しいなと感じていましたし、どうなんだろうって。先輩に相談したら『チャレンジもありかもね』と、背中を押していただいて、やってみようと思いました。あと若かったこともあって、関西よりも横浜だと実家が近くなるなぁ。みたいな、安易な気持ちも少しありましたかね(笑)」

自分は“調整係” 。華やかに見える裏側で選手のために、サポーターのために広報ができること

信頼できる人生の先輩とたくさんの偶然の出会いを重ね、サッカークラブの広報へと導かれていった藤野さん。横浜FC入社当時は男性の上司を含めた4名で広報を担っていました。しかし半年後には、その半分に。そして2年後には藤野さんがひとりで広報を務めるようになったそうです。

「私がしているサッカークラブの広報という仕事は、一般的な広報というよりも、少しマネージャー業に近いところもあるかもしれません。私はあくまで調整係。選手のコンディションを見て取材のタイミングをはかったり、無理なときはお断りしたり、選手との間に立って、コミュニケーションを取るのが役割だと思っています。メディアなどで紹介される、みなさんから見えている広報の姿は華やかに見えるかもしれませんが、8割以上は地道な仕事ですね。サッカーチームはあくまで選手が主役なんです。

広報担当者がスポットライトを浴びて、どんどん露出していく企業もありますが、サッカークラブの広報はそうではなくて、選手にスポットライトが当たるようにするためにどうすればいいか? 何ができるか? と考えることが大事だと思っています。

それからサッカーは、サポーター、スポンサーの支えがあって成り立っています。さまざまなメディアに横浜FCを伝えていかないと、チームや選手の魅力は多くの人に届かないですし、選手たちが輝いている姿を伝えることが大切な仕事です。選手たちが輝いて、スポットライトを浴びるために広報がいる。選手一人ひとりにドラマがあるので、それを一人でも多くの人に伝えたいです」

変化する時代にあわせて、変えていくことと変わらないこと。Jリーグクラブが情報発信する価値とは?

インターネットやSNSを利用することが当たり前になった今、多くの企業は増えていくメディアに対応して情報の発信のしかたを考えなくてはならない時代となりました。その中で、横浜FCではSNS担当者が在籍し、藤野さんを中心に日々変わっていく発信方法を、そしてJリーグのクラブチームが発信する“価値”を模索しています。

 「最近は特に、選手自身が個々に情報発信ができるようになりました。その一方で、ネットテレビや専門チャンネルの普及もあって、サッカーに限らずスポーツは地上波で放映される機会は減ってきています。これは、Jリーグが発足した25年前では考えられなかったことだと思います。

自分自身の知識、考え方をどんどんアップデートさせなければと思いますし、時代の流れについていくことに必死です!」

――広報活動の変化をどのように感じますか? 

「難しいなと思います。年齢層で利用するツールも違いますから、Instagramだったり、FacebookやTwitterだったり……。どうしたら今のサポーターと、これからスタジアムに来てくれるかもしれない新しいお客様にマッチするんだろうか? ということが課題になっています。

ただ、最終的にファンを魅了するのはチームの戦い(試合)と、そして選手ですから、メディアはどの媒体も関係なく、大切にしていきたいと思っています」

――情報のキャッチアップはどうなさっていますか?

「メディアの方に直接聞いちゃいます(笑)。もともと養護教諭になろうと思っていたので、メディアを専門的に勉強したことってないんです。例えばテレビだと1時間もかけて取材したのに、番組でのオンエアーが15秒だけとか当たり前にあるんですね。『えっ!?』って思うかもしれませんが、ニュースで取り上げて放映してもらう、数分、数秒の価値がどれだけのものかを知ると、ぜんぜん見方が変わるんですよ。その数分、数十秒に横浜FCの魅力を凝縮してもらっているんだなって。
直接メディアの方に、どれだけ価値のあることかを教えていただいて、選手に『なんで10秒だけなの?』と聞かれても、価値を説明できるようになったので」

――情報発信でのモットーはありますか?

“謙虚に、でも貪欲に”ですね。特に練習着にはスポンサーの広告がたくさんついています。少しでも多くのロゴが映るようにとか、テロップひとつでも横浜FCのエンブレムを入れていただくとか……。謙虚にお願いしつつ、貪欲にアプローチしています。

どうしたら試合を観に来てくれる人が増えるんだろう? と、いつも考えているので、インスタ映えは興味ありますね! まったくサッカーを知らない方の心を動かすには、綺麗でおしゃれな写真なのか、選手の言葉なのか? 少しずつ心を動かされることで、最終的にスタジアムで観戦してもらえるのかな…と思っているので、そのためにできることを探っています」

サッカークラブの広報の本質はみんなを幸せにする方法を考え実行すること

選手の信頼を得るため、そして負担をかけないために、厳しいスケジュールをこなす藤野さん。選手を優先するだけでなく、メディアとの調整役など立場の違う人の間で板挟みになることも少なくありません。藤野さんの目指す広報の本質的な業務に関してお話をいただきました。

――チームの選手全員の情報や状況を把握するって、とても難しいと思いますが、どうやって行なっているんですか?

「シーズン前に行われる、トレーニング・キャンプを大切にしています。サッカーチームは選手もスタッフもプロ。しかも選手は契約なので、このメンバーで戦えるのはこの1年しかないんです。そういうのもあって、新しいチームが始動してすぐのキャンプで、まずは新加入の選手を中心にコミュニケーションを取って、信頼関係を築くかが非常に大切なことだと思っています。キャンプはトレーニングだけでなく、選手たちが寝食を共に過ごす期間なので、その様子を観察して、選手との距離感や生活リズムなど、可能なかぎり把握するようにしています」

他にも藤野さんは常にノートを持ち歩き、気になったこと、選手のこと、いろんなことを書き留めています。早ければ1ヶ月で1冊を使い切ってしまうため、ご自宅には使い終わった何十冊ものノートがあるのだそうです。

気がついたこと、選手のこと、いろいろなことを記載しているノート。ボールペンとノートは欠かせない仕事道具なのだそう。

「たまに、もう昔のノート捨てようかな? と思うんですが、選手に気になることがあったりすると、『あれ、そういえば……』って見返すと、メモしていたときと同じタイミングだったりすることも多かったり、前も取材でこんな話していたかも……ということもあって、もう少し取っておこうって、なかなか捨てられないです(笑)」

藤野さんが今の仕事に就いてから13年が経ちました。心身ともにハードな場面もあったと振り返りますが、長く続けてこられたのは、こんなエピソードがあったからと語ります。

毎日、些細なことで心を動かされる、小さな発見がたくさんある仕事だということが大きいと思います。正直なところ、ここ数年は自分の仕事に対していろいろ考えるとこともあって、悩んでいるところがあったんですけど、特に今シーズンのはじめは、私と同じ年齢の松井大輔選手が横浜FCに加入してくれたことが、大きな刺激になりました。同級生が頑張る姿や取材で話している言葉を聞いて、新たにパワーをもらっています。

松井選手は三浦知良選手に憧れてプロ選手になり、以前他のチームで一緒だったんですが、横浜FCで18年ぶりに同じチームでプレーをしています。彼のインタビューに同行したとき『追いつけるとは思えないけれど、ずーっと三浦知良選手の背中を追いつづけたいです』と答えていて。それを聞いて、私も改めていろいろ考えて、まだやるべきことがあるかな……と思わせてもらいました。

それに毎年、若い選手がチームに入ってくるので、その選手を見ていると、最近は親心か(笑)成長して活躍していく姿をあと少し見守りたいな…あと少しやっていこうって(笑)」

――「あと少し」がまだまだ続きそうですね!(笑)

「そうなんですかね(笑)。 でも、そうやって続いてきたし、選手たちが成長していく以上、私も広報としてもっともっとやれるんじゃないか? って思うところと、もっともっと成長するために努力しないとって思います。そしてまだ、あと少しだけ見守りたいって思ってしまうんですよね(笑)」

――お仕事の醍醐味は?

「私の仕事は、チームだけでなく、横浜FCに携わるすべての人がハッピーになるように調整することです。選手はもちろん、メディアの方もサポーターの皆様も、みんながハッピーになるため、その間でちょうどいい着地点を探ることが本質的な業務なんです。

そのためには、みんなが納得できる結果にたどり着けるようにする調整役として、何ができるか? 今も日々、模索しています」

藤野さんとサッカークラブの広報の仕事は、偶然の出会いがつないだものでした。“誰かに必要とされる仕事”をしたいと養護教諭を夢見ていた彼女は今、サッカーの世界で多くの選手やサポーターから必要とされる広報として挑戦を続けています。後編では、藤野さんが辛いことを乗り越えるときに思い出す家族の言葉、そしてサッカークラブの広報として叶えたい夢についてお話をいただきます。

後編▶サッカークラブの広報は、見えないところでチーム選手を支える仕事。

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藤野 絵理香
横浜FC広報
1981年、宮城県生まれ。養護教諭を目指し大学へ進学。卒業後、専門学校に就職。2005年、ヴィッセル神戸に就職し広報、営業を担当。2007年、横浜FCに広報として転職。現在も横浜FCの広報としてチームを支えている。

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