400万人が利用するビジネスSNS
渡部 真一郎
◤夢を断念し絶望へ、突然の母の死、そして過酷な労働の日々◢ 山形県の田舎町に、2人兄弟の長男として生まれた渡部は、小学生の頃からプロサッカー選手になるという夢を持ち、小・中・高と県代表としてトップクラスのチームで活躍していました。 しかし、不慮の靭帯断裂により、サッカーが出来なくなってしまい、自暴自棄となり大学では毎日遊んで暮らしていました。 そうなると当然、就職もうまくいかず、渡部は父親が経営するスーパーを手伝うことになります。 そんな矢先、22歳で母親が亡くなり、さらなる絶望が渡部を襲い「家族のためにももっと強くならなきゃ」と決心し、父親から紹介された魚屋で本気で働き始めます。 そこから、さらに過酷な日々がやってきます。 魚屋では、朝5時から夜22時まで働き、休みは月3回だけの重労働の連続でした。 最初はなかなか包丁を触らせてもらえず、雑用を1日中行います。 何度も「辞めたい」と頭によぎるも、「ここで自分に負けたら、この先も負け続ける人生になる」と思った渡部は、6年間継続して働き、最終的にはお金の管理などの経営や、社員のマネジメントにも携わっていき、社会人として一人前に成長していくのでした。 ◤「自分ならもっとやれる。」根拠なき自信が、人生を突き動かす!◢ ある日、SNSを見ていると、スーツを着て働く同級生が目に入り「俺も営業に挑戦したい!俺ならもっと上にいけるはずだ!」と思いはじめます。 そして、勇気を出して父親を説得し、ついに東京に出て、営業の会社へ転職します。 そこの営業会社では、50万円を『固定給』として受け取るか、成果に応じて0円~100万円と報酬が変わる『成果報酬』として受け取るかの2択を選べました。 彼は自分を追い込むために、イチかバチかの『成果報酬』の方を選択し、さらに自分を追い込むために、家賃25万円の家を借り、背水の陣で人生初の営業に挑みました。 さらに、当時は渡部より7つ年下の社員が営業No.1でしたが、プライドを捨て、年下社員に金魚のフンのごとくついて回り、ひたすら真似をし、吸収していきました。(←魚屋で大将を真似て数年過ごした経験から、真似る事が当たり前のように出来ていた) そして、魚屋でハードワークの耐性もついていたため、社員の中で誰よりもハードに働き続けます。 その結果、なんと歴代最速で1位を獲得し、月収200万を稼ぐことに成功します。 ◤稼ぐための方程式がやっと見えた◢ 「営業にセンスは要らない。ただ真似るだけで誰でも立派な営業パーソンになれる。」 「でも、ただ稼ぎたいだけでは稼げない。強い意志や想いがないと上にはいけない。」 渡部は、自らの経験から、この“営業の本質”にたどり着きます。 “ この勝利の方程式を使って、夢を持つ者や苦労している人を1人でも多く救いたい ” そう思うようになり、会社を立ち上げました。 母親を失い「強くなる」と誓ったあの日から人生は大きく変わったのです。 あの時の想いを忘れないために、会社名は母親の名前をそのまま使い「美喜」という名前にしました。 さぁ、熱い想いを持っているそこのあなた。面接で待ってます! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※と、ここまではとてもカッコイイエピソードが書かれますが、実は結構抜けてるとこもあるんです! 以下は、渡部の全てをさらけ出しているコーナーです!!(*´ω`) ★☆★渡部社長の簡単なプロフィール★☆★ <基本情報> 32歳(1992年7月4日生まれ) 山形県出身 <趣味> ◆魚捌き!たまにマグロの解体ショーもやっている。 ◆毎日2回サウナ入る ◆フットサル大好き ◆ポーカーにも最近ハマっている ◆毎日外食するほど美食家 <特徴> ◆とにかく目立ちたがり屋で運動会などでもずっと1位だったタイプ ◆大人数の場所が苦手(得意そうに振る舞うけど本当は頑張ってる) ◆今だに高いビルがあったら上見ながら歩いちゃう(田舎感が出ててかわい) ◆話す速度が遅いのでたまに「もっと早く喋って」と言われる ◆仕事は時間守れるのにプライベートの時は遅刻しがち ◆「The営業マン」という雰囲気はなくゆったりしていて気軽に話しかけやすい ◆疲れた時の「コン・ユ」(イカゲーム)の顔にそっくりとよく言われる ◆浮気した後の東出にそっくりとよく言われる ★☆★TikTokはじめました★☆★ 以下を一度コピーし、ブラウザ等で貼り付ければご覧いただけます。 https://www.tiktok.com/@user283014461898135?_t=8jEgJcLbIEp&_r=1
仕事風景
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