用の建築/アノニマスな背景
関連会社に福祉系のコンサルティング部門を併設した、専業建築設計事務所で、高齢者住宅・有料老人ホームや特別養護老人ホーム、保育園などを多く手掛けています。
構造は木造やRC造、S造などさまざま。特に1000㎡あるいはそれ以上の大型木造については、かなりの実績があり、デザインとコストコントロールでは自信があります。
自社グループのブランドである、サービス付き高齢者向け住宅「ご隠居長屋 和楽久」は国交省の「平成21年度第一回高齢者居住安定化モデル事業」に選定されました。サービス付き高齢者向け住宅にさきがけたこの事業は、その後の高齢者住宅の増加もあり、すでに30棟のオープンを迎えています。
受注業務に、下請仕事や図面の作成だけの仕事はありません。
所長やチーフがデザインを決めるのではなく、すべて担当者がデザインを決定します。独りよがりのデザインや、未熟な故のコストアップに対しては、時にまわりのスタッフから熱い意見があります。
意見は設計スタッフに留まらす、開発営業スタッフから、そして、関連会社の介護の現場のスタッフからも得られます。
まだ、シングルラインの企画図の段階からダイナミックにプランが変わることもあります。
ホスピタリティ用途に限らず、建築とはなんでしょうか。
設計者の自己実現のためのものでしょうか?
─私たちは、建築とは建築主のものであり、竣工までは、設計者がお預かりしているだけだと考えています。
では、建築主のためだけのものでしょうか?
─いいえ、建築主のためだけのものでもありません。
建築は、建築を利用する人々のためにあります。
誤解を恐れずに言えば、建築主はただその空間を提供する役割だと、私たちは考えています。
少なくとも、数十年。時には数百年から千年に及ぶ時間、建築はその利用者や、その建築を意識しない人々にさえ「人生の背景」として空間を提供しています。
その中で暮らしたり、仕事をしたり、楽しい時間を過ごしたり、待ち合わせをしたり。
たとえば、その建築がホテルなら、主人公は、そのホテルのお客様です。
はじめて、両親を旅行に誘った子供の家族と、それを誇らしく感ずる老夫婦がいます。
数十年ぶりに顔を合わせる懐かしさに紅潮した、もと少年の顔があります。
なんとか接待を成功させ、仕事につなげたい真剣な目があります。
そんな主人公たちにホテルは無言の背景を提供します。
たとえば、その建築が保育園なら、もちろん主人公は子供たちです。
光が差しこむ部屋の中で走り回った時間がその後どんな意味があるのかを、両親も、保育士も知っています。健やかで安全な子供たちの成長を願わずにはいられません。
たとえば、その建築が老人ホームなら、ゆっくりと人生を振り返る主人公達がいます。
その時間を見守る目があります。
こんなことがありました。
竣工後まもないある旅館で、お見送りから帰ってきた客室係の女性が目を真っ赤にしているのです。
「車椅子の方が、生まれてはじめて露天風呂に入ったと、とても喜んで下さいました。
また来るといって、パンフレットから箸袋まで胸に抱くようにして持って帰ってくださったんです。
この仕事をやってて本当に良かった・・・」と言うのです。
その旅館には、車椅子で入れる露天風呂を用意してありました。
私たちにとっても、こんなにうれしいことはありません。
お客様の喜びが、旅館のスタッフや経営者の喜びや収益につながり、そしてその結果が、私たちの仕事と喜びにつながるのです。
建築を作品として建築主に問い、社会に問うのではなく、
目指すのは、その建築にかかわるすべてのひとたちが、喜びをシェアできる空間づくりの提供。
私たちエス・ピー・エー設計は、このように建築と向き合い、日々の仕事を行っています。