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有明海の干潟と海の豊かさ(大熊稔史)

海を考えることから、本当の豊かさとは何かを学びました。

自分にとってかけがえのない存在、それが有明海です。

干満の潮位の差が5メートル以上ある有明海は、干潮になると干潟が一面に出現します。

干潟を構成している泥をガタと呼びます。

ガタはデトライタスといって、有機破砕物です。

生物の死骸はバクテリアによってたちまち分解され、タンパク質やビタミンなど養分が濃いです。

二枚貝のタイラギは、引き潮の時にデトライタスが自動的に食べられるように、浜のほうに向かって口を開いています。

干潟が出現すると、ガタの表面には珪藻が生えます。

薄緑色の美しい藻で、これを漁師さんたちはガタ花が咲くと表現します。

有明海で代表的な魚のムツゴロウは、一平方メートルぐらいのガタを縄張りとし、ガタ花を食べます。

当然、潮が満ちてくると、ガタは水の底に沈み、消滅します。

翌日の昼間、太陽の下に出現したガタの上には、みるみるガタ花が咲くのです。

これを永遠にくり返します。

ムツゴロウやトビハゼやさまざまな生物たちには、永遠に食糧があるということです。

これが本当の豊かさです。

目が退化したワラスボや、奇妙な貝のアゲマキや、竹崎ガニとして珍重されるガザミや、クロダイやタコやシバエビや、実に多様な魚が生息する有明海は、不思議の海です。

私は海中に潜水したこともありますが、水底のガタが舞い上がって、何も見えません。

見た目には泥にしか見えないガタは、万物を養うミルクなのです。

この独特な有明海と佐賀県の大地を間に置いて向かい合うのが、玄界灘です。

玄界灘を眺めていると、この海の向こうは大陸なのだという気宇壮大な気持ちになってきます。

湾に抱かれた有明海と違い、いきなり外洋につながっている玄界灘は、季節ごとに魚が海流に乗ってやってくるところです。

この大きな海を相手にしている漁師さんは、おおらかで愉快でう。

いつか私は呼子の港で、大漁談義を聞いたことがあります。

その漁師さんは酔って、ササイカ漁の話をはじめました。

ササイカは闇夜の海で、突然海が盛り上がってくるほどの勢いで産卵をするといいます。

生物の厳粛な行動です。

「ササイカは10畳くらいのスペースで、オイカとメイカが交尾してうわあっと盛り上がってくるとですよ。アンカーうってると、イカがぴろぴろでてくるですもんね。そのうち機嫌のようなったとですか、何千何万集まって交尾しよりますもんね。メイカ釣ると、オイカが2匹も3匹もきよりますもんね。こうなったら大漁ですもんね」

コップ酒を飲みながら、漁師さんはその時の漁の情景をおもしろおかしく語ってくれます。

私はどっと笑い、豊かな海のことを心から思ったのでした。


大熊稔史(ヨガインストラクター)