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和解の夢

今回結構苦労して書きました。さて誰でしょう。

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これから紹介する作品は、おそらくその作家のみた夢が主題となっている。彼は夢の中では少年である。

 彼は、どんよりと曇った空の元、暗い田舎道を一人歩いている。吹いてくる風からは塩の香りがする。おそらくこの夜道は海沿いにある。道の左側には松原があり、右側には畑のようなものが一面に広がっている。一時間以上歩き続けているけれども、あたりに人家らしきものは見当たらない。ただ、真っ暗な道をとぼとぼと歩いている。途中でアーク灯という当時の電灯を見つける。そこにたどり着いて、ようやく右側の畑らしきものの正体がわかる。枯れた蓮沼だった。まるで大海原のように蓮池はずっと続いている。その中に、ようやく人家を見つける。彼はそこに自分の両親がいるのではないかと考える。きっと彼の帰りを待っているのだろう、と。しかし、その期待は裏切られる。そこにいたのは田舎のお婆さんだった。それでも、彼はきっと母だろうと思い、問いかけるがお前の母親ではないと突っぱねられてしまう。お腹を空かせた彼は、食べ物を乞うが、お前は乞食かとまで言われてしまう。辟易した彼は再び道を歩き出す。しだいにどんより曇った空は晴れ、月があらわれた。そして気づけば真っ白な砂浜に彼はいた。ここは田子の浦かと思うほどの絵ハガキで見たような絶景が眼前に広がっていた。風はやみ、あたりは深い沈黙に包まれた。するとどこからともなく、昔聴いたことのある音がきこえてきた。「天ぷら喰いたい、天ぷら喰いたい」。三味線の音だった。遊郭で花魁が奏でる哀しげな三味線の調べである。彼は砂浜の先に女がいることに気づく。彼女が三味線を弾いているのだ。色白の女はまるで狐が化けたかのように美しい姿だった。彼は女のすぐ近くまで近寄る。すると、女は泣いていた。なぜ泣いているかと彼が問うと、私ではなく月が泣いているのだという。泣きじゃくる女は一緒に泣いてくれという。彼も実は泣きたかったのだといい、一緒に泣く。彼は、女の願いを聞いたのだから、今度は自分の願いを聞いてくれという。彼はどうも自分のお姉さんのような気がするからそう呼んでもいいかと尋ねる。女は彼にお前には、「弟と妹しかいないじゃないか」という。そして、お姉さんだのと言われるとより悲しくなるという。何故と彼が問うと、その女は私はお前のお母さんじゃないかという。その瞬間、急に彼はその女が自分の母親であることに気づく。月の光と波の音の中、母は彼を抱きしめ、立ちすくむ。「天ぷら喰いたい、天ぷら喰いたい」。三味線の音はまだきこえている。

 そこでふと彼は目を覚まし、今年三四歳であること、すでに母親は亡くなっていることを思い出すのだった。

 これがこの作品の大まかな流れである。夢や幻想的な世界を描いた作品は世の中に無数にあるが、この作品はその中でも最も魅力的な作品の一つだと思う。

 より簡単にこの夢を整理してみよう。これは少年が美しい母親に出会う夢である。単なる母親ではなく、美しい母親というところにこの物語の面白さがあると思う。私は、この物語が人家の場面でなぜ終わらなかったのだろうと疑問に思う。田舎でお婆さんになってしまった母親と再会して終わりでよかったはずである。そして、なぜお婆さんは少年を息子として認めなかったのだろうか。私は夢がそうさせたのだと思う。元も子もない言い訳のようだが、そもそもこの夢は彼のものである。彼の抱く憧れがそうさせたのではないだろうか。彼は、東京の日本橋生まれである。根っからの都会っ子で、そもそもこんな田舎にいるはずがない。作品の中ではどうやら没落して田舎で暮らすしかなくなったことになっている。その状況に悲しんでいる。この悲しみは美しい都会生活に対する憧れの裏返しである。しかし、単に都会と田舎の対比として物語が成立しているのであれば、なぜ夢はいつまでも田舎のままなのだろうか。私は、都会的な生活に対する憧れのさらに奥深くに真の憧れがあるのだと思う。それが、美しい母に対する憧れである。実際に作者の母親はとても美しかった。浮世絵になる程だったらしい。

 あるいは別の見方をすれば、この人家はあの世にあったのだとも考えられる。人家は蓮沼の先にあるわけだが、蓮沼は重要な要素だと思う。蓮はあの世の植物である。彼は、お婆さんに食べ物を乞うが拒否される。私は、母親があの世に来るのを拒んだのではないかと考える。あの世のものを持ち帰ったり食べたりするのはご法度である。これを「黄泉竈食ひ」という。

 しかし、一方であの浜辺はこの世だろうか。この世ではないはずだ。真っ白な砂浜に美しい女が月に照らされて三味線を弾きながら歩いている。とてもこの世とは思えない。彼は、先ほど半ば拒絶される形で母との別れをした。これを一度目の別れとするならば、浜辺のシーンは二度目の別れである。この別れは和解に近い。死者との和解という点で私は他の物語を思い出した。それは遠野物語の九九話である。

 「土淵村の助役北川清という人の家は字火石にあり。代々の山臥にて祖父は正福院といい、学者にて著作多く、村のために尽したる人なり。

 清の弟に福二という人は海岸の田の浜へ婿に行きたるが、先年の大海嘯に遭いて妻と子とを失い、生き残りたる二人の子とともに元の屋敷の地に小屋を掛けて一年ばかりありき。夏の初めの月夜に便所に起き出でしが、遠く離れたるところにありて行く道も浪の打つ渚なり。霧の布きたる夜なりしが、その霧の中より男女二人の者の近よるを見れば、女は正しく亡くなりしわが妻なり。思わずその跡をつけて、遥々と船越村の方へ行く崎の洞あるところまで追い行き、名を呼びたるに、振り返りてにこと笑いたり。男はとみればこれも同じ里の者にて海嘯の難に死せし者なり。自分が婿に入りし以前に互いに深く心を通わせたりと聞きし男なり。今はこの人と夫婦になりてありというに、子供は可愛くはないのかといえば、女は少しく顔の色を変えて泣きたり。

 死したる人と物いうとは思われずして、悲しく情なくなりたれば足元を見てありし間に、男女は再び足早にそこを立ち退きて、小浦へ行く道の山陰を廻り見えずなりたり。追いかけて見たりしがふと死したる者なりしと心づき、夜明けまで道中に立ちて考え、朝になりて帰りたり。その後久しく煩いたりといえり。」

これは、明治二九年に発生した三陸大津波によって妻と子供を失った男の物語である。彼はある夏の夜浜辺で失った妻を見かける。妻は以前付き合っていた男と歩いていた。彼は妻を呼び止めると、あの世でこの男と夫婦であると言われる。彼は子供が可愛くないのか、と問うと妻は涙を流す。彼は悲しくなり俯いていると、妻たちはいなくなっていた。追いかけているうちに彼らは死んでいたことを思い出す。その後彼はしばらく病気になってしまう。この物語も和解の物語である。彼の胸の内にあった、妻への思いを自ら納得したのではないかと思う。だから、これが物語として誰かに語られ後世にまで伝えられているのである。

 母との和解に話を戻そう。おそらく彼もきっと、心に秘めた美しい母への思慕を持ち続けていた。その思いが彼にこの夢を見させたのである。そしてこの和解は母の死を受け入れることに限らず、彼の美に対するセンスを彼自身が確信する契機にもなったのではないかと思う。なぜならば、耽美的で美しい彼の文章は世界的にも高い評価を得ており、ノーベル賞候補に七回も挙がっているからである。彼は七十九歳でこの世を去る直前まで数々の作品を残した。

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