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私がWebデザイン業界からIT業界へキャリアチェンジした理由(noteから転載)

2019年4月、私は某Web制作会社を退職し、10年にも及ぶ期間キャリアを積んだ広告業界から、IT業界へキャリアチェンジを果たした。
一番長く在籍した会社では、Web・DTP・動画・ほかXRなどあらゆる広告の制作を全て自社で行なっている会社で、自分自身は、デザイナー・ディレクター・営業を兼ね、取締役として在籍させていただいていた。

そういった背景を知っている人からすると、「突然IT業界って一体何!?」「なぜ!?」「何があったの?」「会社と喧嘩別れ?」と色々なことを聞かれた。もちろん喧嘩別れでも何でもないし、何一つ揉めてもいない。

ただ、会社の中の担当顧客数や売上が、数字だけで言うと半数以上だった私は、退職に伴いお客様が離れてしまうことを危惧し、「結婚・妊活に伴う休職ということにしてほしい」と会社からお願いされ、また私もお世話になった会社から顧客が離れるのは本望ではなかったし、お客様にも迷惑をかけたくなかったためにその通りにし、ほとんどの人に告げずに辞めた。

ただ、(これも事前に会社とも話し済み)仲の良い一部の人、もしくは時間がある程度経った方については少しずつ経緯を話してきたため、自分のこれまでやってきたことの棚卸しや、これからの未来への決意の意味でもこちらに書いていこうと思う。

IT業界へキャリアチェンジをした理由

結論から言うと、下記3点が大きな理由だ。

1. より興味が持てるものが見つかった
2. 自分の理想と広告という手段に対して限界を感じた
  └とある塗装屋T様の案件での話
3. 制作が軽んじられることに耐えられなくなった
  └某代理店様の案件での話

詳細は下記に書き綴っていこうと思う。

1. より興味が持てるものが見つかった

過去に遡ると、私は物心つく頃から絵が好きだった。小中学校時代とかは市や県から表彰されるのが常連で、真偽の程は不明だが親からは天才だと騒がれていたらしく、いつか画家になることが夢だった。

しかし、当然現実は甘くなく、美術を志すも挫折。フリーターでフラフラし、とある制作会社に未経験のデザイナーとして24歳の時に雇ってもらうところから、広告業界でのキャリアはスタートする。
そこから34歳まで、ブラック企業、フリーランス、ユニット活動、法人化などを経験。私は広告業ないしデザインを心から愛していた。
しかし、より楽しい、よりやりたいと感じ行き着いた場所が「IT業界」だった。
その理由については2で詳しくお伝えする。

2. 自分の理想と広告という手段に対して限界を感じた

アートから始まる自分のアイデンティティから、デザイナーへ行くのはそこまで珍しくはない経歴だと思う。
デザインさえ作っていられれば幸せというくらい、周りから心配される程デザインの勉強をしてたし、仕事も大好きだった。

ただし、会社の成長と共にディレクションや営業仕事が多くなり(小さな会社なので元々兼任)、徐々にマネジメントも担当するようになり、デザインよりもディレクションの方が好きだと感じるようになった。
また、幸いにも部下ができ、デザインを作ってもらう立場になるに連れ、よりデザインをすることがなくなったある時気づいてしまった。
「もっと直接的にお客様の役に立つ仕事がしたい。長く付き合いたい。」ということに。

しかし、基本的に多くの場合広告は直接商品開発に関わるよりも、関わり方は間接的で、いかに顧客が求めるユーザーへ多く情報を知らしめ、購買活動へつなげてもらうかの一助となる作業である。(そうではない、直接的に関わるに近しいAEさんや優秀なデザイナー・ディレクターさんすみません。)

また、これには気づいたきっかけがあったので下記に記載する。

・ある塗装屋さんT様の案件での話

「もっと直接お客様の役に立つ仕事がしたい。長く付き合いたい。」というこの自分の気持ちに気づいたきっかけがあった。
B社は制作会社ではあったが、簡易的な業務管理システムの開発も行ったことがあった。
内容は、ある塗装屋さん向けのシステムで、それまで手書きかローカル管理していた進捗管理や受注管理・売上管理などを、Web上で全て完結できる非常に便利なシステムだった。
その時のプロジェクトの流れはこうだ。

①課題を聞き出す
②自社に持ち帰り課題を解決する提案を考える
③提案を持って打ち合わせ+擦り合せ
④予算取り
⑤外向きの仕様書・画面設計書を作成
⑥内部向きに仕様を詰める
⑦デザイン・開発
⑧テスト
⑨納品

大枠の流れだけを見ると、広告で行っている作業に似ていたが、結果が違った。ある日お客様である社長に言われたのだ。
「君が作ってくれたシステムのおかげで社内の風通しが良くなった。しかも無駄なヒューマンエラーもコストも減り、結果的に売上が上がった。君のおかげだ。本当にありがとう。」
あまりにも嬉しく会社で大泣きしたことを覚えている。さらに、その後2回、3回と追加仕様&改変の注文をいただきお客様の満足度はさらに上がることになった。

多くの場合、お客様に課題あるいは困り事があり、それを何かの手段を使い解決するというコンサルティングサービスという点では、システムも広告もデザインだって同じである。
ただ、大きく違うのは、間接的か直接的かどうかだった。
システムを入れることで、直接的にお客様の経営活動あるいは業務を効率化にさせることができ、結果的に社内環境の改善・売上にも影響を与えることができた。
何かのモノ・コトを告知するだけでなく、お客様の会社の中にもっと入り込みたいと思った。

その経緯があり、私はもっと人の役に立ちたいと思うようになった。
ただ、この時はまだ広告業からIT業界へのキャリアチェンジまでは考えていなかったし、脳裏にも浮かんですらいなかった。

3. 制作が軽んじられることに耐えられなくなった

ここまで読んでいただき、一番の理由はやりたいことが変わった、あるいは見つかったということはご理解いただけたと思う。
しかし、そもそも私は、心から広告ないしデザイン・ディレクションを愛していたので、その部分に対して疑問が生まれなければ、そもそも別の業界(隣接とは言え)への興味が湧く余地はないはずだ。
けど、いくつかきっかけがあった。

常々、ディレクターは、顧客(もしくは営業)と現場との架け橋であると思っていたし、それを誇りに思っていた。信念として、「現場と営業はどの業界でも水と油くらい相容れないもの。それを互いの職能を尊重した上で関係を緩和し、プロジェクトをより円滑化し、納品まで進ませる指揮官がディレクター。私はそうでありたい。」そう思っていた。
ディレクターの職務については様々な考え方があると思うが、少なくとも自分はそう思っていた。

私たちが提供するWebサイト含む広告物は、如何せん素人の方にはその意図や良さや苦労が理解してもらえないことが多々ある。その点を言語化し、代弁者となり、素晴らしい制作者達に如何に日が当たり、評価を受けるようにする立場でありたいと思っていた。
しかし、自分のそのプライドがズタボロになり泣き明かしたことが起きた。

・某代理店様の案件での話

市内の古くからある広告代理店で、年間そこそこの案件数を発注してくれる会社さんがあった。
ただ、一般的にはあり得ない話だと思うが、古い体質の会社さんなので、基本的に制作開始後あるいは納品が近づいた時に、初めて受注金額が決定する。
当然パートナーさんにはそれ以前に発注はしているため、その点を加味した上で発注しなくてはいけないので結果的に工数計算上赤字になることもあったし、最終的な納品後に先方都合で値引かれることもしばしばあった。

そんな中、そこの代理店さんが自社のコーポレートサイトのリニューアルをすることになった。しかし、デザインは社内で行い、実装のみ行ってほしいという内容。非常に嫌な予感はした。
結論から言うと、度重なるコーディング後のデザイン修正、CSSやJavaScriptを使用したアニメーションの追加削除調整作業、CMSの仕様変更、膨大なやり取りと度重なる打ち合わせで最悪の案件となった。

最終的にはお客様には喜んでもらうことはできたが、結果として下記のことが起きた。

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1. 先方の言う通りに調整に調整を重ねたCSSアニメーションの部分に、低い評価
2. 公開後、見積もりに値下げ要求→交渉に負けて安く受注
3. 2に伴いパートナーさんにも少しだけ泣いてもらうことに
4. 制作期間2ヶ月の予定が4ヶ月
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特に2と3がキツく、プライドが崩壊した瞬間だった。
何度も調整と折衝を重ね、より良いものにするゴールに向かっていたつもりが、途中から明らかに「俺の言う通りにしろ」とばかりの経営者の鶴の一声モード。
ただ、それは良くあることだと一生懸命我慢はしていたが、自分が大切なパートナー(+自社)を守れなかった、しかも評価をもぎ取ることができなかった自分の非力さを呪い、死ぬほど悔しくて、何のために自分が存在するのだろうというところまで落ち、挙げ句に値下げ要求、低い評価を受けてしまったということに責任を感じ、その瞬間プツンと何かが切れた。

また、ちょうどタイミング悪く、別のお客様からの案件も失注したり流れたり、相場よりもあまりにも安い金額での新しい引き合いが来たり、別の案件で部下のデザインに対するお客様からの評価が低かったりと、気持ちが落ち込むことが相次ぎ、自尊心が深く傷付き、完全に心が折れていた。

再び塗装屋さんからの追加要件の依頼

気持ちが落ち込んでいたある日、先述の塗装屋さんの社員さんから相談の連絡が入った。
内容は、社内の経理業務の部分に時間的コストが大量に発生しているので、現状のシステムに追加機能を搭載することで改善できないか、というものだった。
約半日ほどヒアリングさせていただき、様々なお話を聞かせていただいた。その帰り道、気持ちが高ぶり楽しくなっている自分に気づき、思った。やはり、直接役に立つ仕事がしたいと。

そしてその後、役に立つって何だろう、自分は何を用いてどのように人に役に立ちたいのだろうと、原点回帰した時の思考回路は下記。

1. 福祉介護(人の世話が好きだしいいかも…)
2. 管理栄養士(料理好きだしいいかも…)
3. 自動車業界(人にとって必要不可欠なものだしいいな)
4. 秘書(人を助けること好きだし資格取れば…?)
5. 医者(医者スゲー、でも無理だな)
6. 会計士(今から資格は…いや無理だな)
7. 弁護士(まさに人を救う仕事!けど無理だね)

・・・・・(汗)
何とも甘い考えで、その道で頑張っている方には大変申し訳ない限りで、ひどい浅薄さであるが、本人は至って真剣で、キャリアコンサルタントに相談したこともあった。
色々な方に相談に乗ってもらったり、本を読んだり、ネットで情報を探ったりと、悩みに悩んだ結果、IT技術(というかPC)が好き+マネジメントしたい+直接お客さんに関わりたいという考えから、IT技術を顧客へ提供し、顧客企業を良くする、IT業界へのキャリアチェンジへ落ち着いた。
願わくば、「IT技術で企業を強くする人間になりたい」などという壮大なビジョンを持って・・・・・。

かくして、私は異業種であるIT業界へのキャリアチェンジを決意した。

キャリアチェンジ決意後

決意してからは、非常に早かった。
まずは、10年近くお世話になった自社の社長に報告した。(結果的にはストレスが限界にきた自分がぶちまけるという恥ずかしい結果となったが)
ほぼ未経験だった自分を、ここまで育て上げてくれたことには感謝しかない。本当にありがとうございましたと言いたい。
一点悲しいことがあるのであれば、送別会を開いてもらえなかったこと(テヘペロ)

IT業界についてはネット上などから色々と調べたが、やはり外から調べるよりも中の人に聞いたほうが早いとそう思い、システム開発を生業とするIT企業を経営する友人に相談した。
長い付き合いの友人だったため、ざっくばらんに業界の内部事情を教えてもらったり、もしも転職するのであればどのようなルートがあるのかなど、色々な話聞かせてもらった。

20人にも満たないベンチャーだったので、「本当は雇ってあげたいけどそこまで余裕がなくて…」と言われ、もちろん当然だと思ったし、そこには全く期待もしていなかった。
だが、たまたま運良く、未経験可の常駐エンジニアの人材が欲しいという話が舞い込み、面談させていただいたところクリアしたため、就職することに決まった。
(準委任という契約だったため、正確には常駐先企業との間にもう一社存在はする)

自分に一体何ができるのだろうという気持ちはあったが、ディレクター経験の長さに伴いドキュメント作成は割と得意だったこと、タイピングが得意であること、PCスキルがそこそこあることから買ってもらったらしい。
もちろん、担当業務は、未経験の人間ができるレベルの補助的な仕事だ。

普通であれば、もう少し立ち止まって別の会社も見て…と思うところかもしれないが、まずは業界入りすることを最優先し、少しでも経験を積めればと思い、お誘いにありがたく応じさせていただいた。

ただしそこの会社も、直属の上司からのパワハラが始まり、精神的に病みそうになったため退社したのだが。
それについてはこの後の記事に綴ろうと思う…。
そこの会社でも様々なことを経験させていただいた。

キャリアチェンジに関して自分が目指す職種はプロジェクトマネージャーと決めていた

そういえば、IT業界に決めたタイミングで、自分の中ではプロジェクトをマネジメントをする立場を目指すことは決めていた。Web業界では自分が行っていたディレクターだが、IT業界でのディレクターに一番近しい職種はプロジェクトマネージャーと聞いたため、この職種を目指すことに決めた。
ただ、自分には強い意志があった。必ず技術・知識を前提としたマネジメントができる人間の方が強いと。

それは自分の経験からくるものだった。自分は元々はアートである。
その後デザイナーとなり、コーディングを覚え、営業と同じタイミングでディレクターを始めている。
そのおかげで、技術とビジネスの両面からお客様をサポートでき、結果的に信頼が得やすい状況が作れた。恐らく自分が上手くやって来れたのは技術を理解した上でディレクターになったためだと確信している。
その強い信念から、「技術が分かることによって、より精度の高いマネージメントができる人間になりたい。」と心に決めていた。

そのため、プログラミングにも触らせていただけて、且つマネジメントの立場を目指させていただけるような会社に入りたい、そう思い最後の最後までこの思いは消さずにいた。

おまけ

実はもう一点きっかけの一つとなったことがあるのだが、去年結婚した主人の仕事だ。
いわゆる製造業向けのロボットシステムインテグレーターの会社で、ロボットを使用した業務の効率化や改善を行う仕事をしている。
日々お客様の課題を解決すべく動いている話を彼から聞く度に、「自分は一体何をしてるのだろう…」と、そう思う回数も格段に上がった。
やりがいを持って仕事をしている彼に激しく嫉妬した。本人には言ってないけど。

最後に

以上、転職の決意に至るまでの経緯と決意してから転職するまでの約半年の話を一つの記事としてまとめてみた。
書いた感想としては、記事を書くって難しい、人に物事を伝えるって難しい。。しかし、こうして文字に起こしてみることで頭の中が整理されて非常にスッキリした。
途中、誤解を与える表現があったかもしれませんが、あくまで個人の意見・感想としてご理解いただけたら幸いです。

次回の記事では、転職先を見つけるために行った主に就職活動を中心に書いてみました。非常に戦略的に行い、幸い良い会社に就職することができました。
もしご興味があればお読みいただけたら幸いです。