生き残って22年。
生き残って22年が経った。
イラク人質事件で解放されたのが2004年4月15日。その後、記憶に残っている方も多いと思うが、私は多くの人から批判を受け、顔も日常的にマスメディアにさらされた。
それもあって広く顔を知られるようになり、路上で殴られたり見知らぬ人から誹謗中傷を浴びせられたりすることもあった。
「あの時の今井さんですよね」と何度も言われ、「応援しています」と言われてもありがたいのだが、違和感もあった。自分は高遠さんたちとは違って何もできずに帰ってきたのに、誰かから称賛されるには値しないだろう。そういう気持ちも強くあり、自分自身がわからなくなっていった。
対人恐怖症やPTSDに苦しむ時期も長かった。5年ほどかかったのだろうか、再び人と接することができるようになったのは、友人や家族のおかげである。様々な人のおかげで、私はイラクでも日本でも「生き残る」ことができたと思う。
「生き残ってよかった」と思えるのには、さらに10年以上の歳月が流れなければいけなかったのだが。2度目の人生ではないが、当時の今井紀明は心が死んでしまって、別の自分がいるような感覚になっている。
1人目の心が死んでしまった今井紀明は今では「影」になっている。亡霊というより、もう一人の自分だろう。
彼から「お前は、本当に生きていてよかったのか?」と問われている気がするし、「戻ってこいよ」と引きこもっていた頃の自分の感情や憎悪を抱いている。「影」は常に自分であり共存もしている。はっきり、その「影」の輪郭は自分の中にあるのだ。
しかし、「影」の自分と向き合い続けてきたことが、今の自分を動かす力になっているのかもしれない。平野啓一郎氏は「分人」という言葉でそれを表現し、作家の土門蘭氏も著書『ほんとうのことを書く練習』の中で、「孤独とは『ひとり』なのではなく、自分と自分の『ふたり』でいられること」と書いている。
「影」となる経験は、自分の課題意識の源になるのかもしれない。私自身は、それをまだ消化できていないし、今後も消化もできず共存していくように思う。でも、それは1つ自分にとっては希望である。
「影」を持ちながらも生き残っていける。どんな生き方でも「影」と対話していける、なんて軽々しいことは言えない。おそらく、そんなことはない。トラウマになり、しんどい状況になる人も当然いるだろう。
でも、希望なのは誰かがいて、人がいて、長年支えてもらうことで「生き残ってよかった」と思える経験が作れるかもしれないということだ。私はそれが希望なんじゃないかと思っている。自分に対しても言えるかもしれないし、社会にも言えるだろう。
今はつらい時代かもしれない、でも明けない夜はないと思っているし、勝手に自分達が何かを諦めてしまってはダメだよな、と「影」のおかげでわかってきたように思う。
イラク人質事件という経験について、自分なりに内面で対話を重ねてきた22年。
今日は生き残ってよかったと思える日。
いつも支えていただいている皆様、ありがとうございます。一緒になってこれからも「ひとりひとりの若者が希望を持てる社会」を作っていくことが出来ればと思っています。
15期目になるD×Pも支えてもらった経験から生まれてきたと思います。今ではそれが大きく子どもや若者たちのセーフティネットにも繋がってきました。ぜひこれからも一緒に作って行けたらと思います。本当にいつもありがとうございます。