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生理人類学の実験で快適さ追究~深津紘二朗

着心地の良さを肌触りだけでなく、心電図や脳波などを駆使して分析します。人間の感覚を主観だけでなく、生理的データを使って解明する研究や製品開発が広まっています。衣服、住居、飲食、仕事、生活のあらゆる分野で「経験的な快適さ」から「実験に基づいた快適さ」を追究する試みで、生理人類学的手法とも呼ばれています。生理人類学とはどんな学問で、どんな研究方法で、何を実現しようとしているのでしょうか。

生理人類学は、体や器官の機能を示すデータを使って人間を理解する学問です。日本生理人類学会長の佐藤方彦・文化女子大学教授は「特徴を強調すると、現代の技術文明に生きる私たち自身についての人類学」と説明しています。

生理的データを用いた人間工学ともいえ、快適な生活を提供しようとする身近な製品の開発にも密接に関係しています。指標にするのは、脳波、脳血流、心電図、筋電図、血圧、体温、消化の状況を知る呼気中の水素ガス、だ液や尿の成分などです。

その実験では何泊もしたり、脳波を測るために髪の毛をそったりすることもあります。被験者の負担が大きく、多くのデータを集めにくいです。限られたデータの変化が与えた刺激によって生じたのかどうかを実験条件を工夫するなどして的確に見極める必要があります。

奈良女子大学の登倉尋実教授(生活健康学)は部屋の明るさによる体調の変化を調査しました。実験では、昼間明るい部屋で過ごした方が暗い部屋より、被験者平均で尿の量が五割も多くなることがわかってきました。登倉教授は、下着の締め付けが体調に及ぼす影響など衣類に関連した研究もしました。

農水省森林総合研究所は、快適な部屋づくりを目指し、脈拍数や血圧、脳血流から、木材の割合をどの程度にすれば落ち着けるのかを調べました。住友林業筑波研究所は、脳血流や心拍、血圧の変化から、足の裏に触れる建材が生体に及ぼす影響を分析しました。

身近な製品開発や快適な生活づくりに役立てるため、日本生理人類学会は「生理人類士」という資格を設けました。生活環境を良くするための実験や調査、評価、助言ができる知識や経験のある人を育成するのが目的です。

大学や短大卒業生が対象になる準一級(アメニティーコーディネーター)と二級(アメニティースペシャリスト)は、人間工学や生理学、老人福祉などの講義がある指定校で必要な単位を取得すれば与えられます。

民間企業の研究者が主な対象になる一級(アメニティープランナー)は試験や論文、業績などの審査があります。来春には最初の生理人類士が誕生しそうです。

深津紘二朗