「DX」に抱いた空想と実態のギャップ
世間で言われるDXとは何なのか?
今では当たり前になっているDX。
私が研究員から社会人になったのが2017年頃、当時私は材料系だったこともあり、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)という言葉を入り口にデジタル化に着目していました。
所属していた研究室にて、熱電材料の研究開発において最適な組成を発見するための技術としてのMIは非常に魅力的で、製造現場においても性能向上のための条件最適化に有用なのではないかと考えていました。効果のある高効率な製造現場の実現を目指して転職し、情報収集する中で耳にするようになったのが「DX」です。
改めて、その定義を確認してみます。
デジタル・トランスフォーメーション(DX): データとデジタル技術を活用して、製品・サービス・ビジネスモデルを変革し、さらに業務、組織、プロセス、企業文化・風土まで変革して競争優位を確立すること。
「変革、変革」と繰り返されています。
では、「変革」とは何でしょうか。
何がどう変われば、それは変革と言えるのでしょうか。
そして、その結果としての「競争優位性」とは、誰にとっての、どのような状態を指しているのでしょうか。
「変革」という言葉が指しているものが曖昧なまま、
私たちは本当に“変わろうとしている”と言えるのでしょうか。
(もしかしたら、変わりたいのではなく、変わらずに済む方法を探しているのかもしれません)
漠然とした「DX」、釈然としない「変革」という靄がかかった状態で、
世間は「DXだーー!!」と叫んで新しい「X」が生み出され、
今に至っているように見えます。
私が「DX」を耳にしてからおよそ10年が経ちました。
失われた30年と言われますが、そのうちの1/3は経過したことになります。
DXと叫ぶ世間の実態
では、この10年でDXした実感はありますか?
変革した実感はありますか?
正直な実感としては、「変革」とはちょっと違うように思うのです。
「DX」の半分である「D」、つまりデジタルは確かに進みました。
そのデジタルのカギであるデータを扱う技術も、飛躍的に進歩しました。
実際、何も起きていないわけではありません。
Deep Researchで収集した調査によれば、日本で何らかの形でDXに取り組んでいる企業は増加しており、大企業を中心にほとんどの企業がDXを掲げています。
つまり、「日本企業はDXをやっていない」というのは正確ではありません。
多くの企業がDXを掲げ、実際に何らかの施策には取り組んでいます。
では、何に違和感があるのでしょうか。
同じ調査では、日本のDXは「進んではいるが、成果は弱い」と評価されています。
特に、「新規ビジネスの創出」や「ビジネスモデルの変革」といった、本来DXの中核である領域では、十分な成果に至っていないとされています。
現場で起きていることと照らし合わせると、この評価には納得感があります。
既存の業務フローや古くからの仕組み(情報空間)をそのままに、
そこをデジタルでなぞるような取り組み——
例えば、
- 紙の帳票を電子化する
- 申請フローをシステムに乗せる
- 業務を自動化する
- 生成AIを業務の一部に組み込む
こうした取り組みは確実に増えました。
しかし、それによって
- 事業の勝ち筋が変わった
- 顧客に提供する価値が変わった
- 組織の意思決定のあり方が変わった
といったレベルの変化は、どれほど起きているでしょうか。
それは本当に「変革」なのでしょうか。
それとも、既存の枠組みを前提にした、単なる高度な自動化に過ぎないのでしょうか。
もし後者だとすれば、
私たちは「変革しているつもり」で、
ただ同じ構造の中を高速で回っているだけなのかもしれません。
AIという言葉もよく耳にするようになりました。
しかし、その多くは「データ処理の高度化」や「自動化の延長線上」にあります。
つまり、あらかじめ決められた枠組みの中での最適化、
言い換えると「内挿(Interpolation)」の世界に留まっているのです。
最近では「AIエージェント」が注目を集めています。
人の指示を待たずに、自ら判断し行動する「自律的な存在」として語られることも増えてきました。
しかし、その振る舞いはあくまで、与えられた目的や評価軸の中での最適化に留まっています。
その前提となる枠組み自体を疑い、更新することはできるのでしょうか。
そもそも、その枠組みの中に答えが存在しない場合、私たちはその前提そのものをひっくり返す必要があるのではないでしょうか。 誰かの思考や過去のデータをもとに「最善」を選択し続ける仕組みは、既存の構造を維持するには適していますが、これまでに存在しなかった視点を生み出す——そうした意味での「外挿(Extrapolation)」には、まだ至っていないように思えます。
この10年で進んできたのは、
データの扱い方であり、処理の速度であり、最適化の高速化なのではないでしょうか。
しかし、そのデータを使って「何を変えるのか」という問い、
つまり情報空間の外側へ踏み出すための視点は、
どこまで扱われてきたのでしょうか。
そもそも、私たちが振っている旗は間違っていないでしょうか。 もし目的が効率化にあるのなら、それは「DX」ではなく「自動化」という旗を振るべきです。 しかし、今の世の中は「DX」という魔法の言葉を目的化するあまり、肝心の「どんな価値を届けたいか」という視点を置き去りにしています。
やること自体が目的になった組織において、AIは単なる「現状維持のための加速装置」に成り下がります。 私たちが今、手元にあるデータやAIを使って本当に向き合うべきは、内挿的な自動化の先にある、「自らを、そして事業をどう更新していくか」という外挿的な問いのはずです。
(つづく)