キャリアの反省から気づいた「意思を引き出し、磨く」ということ
これまでのキャリアや私自身の価値観を通じて、「意思」の重要性に気づいてきました。
これはキャリアに限った話ではありません。その派生として、「発信」とセットでさらに重要なものだとも考えています。実際、その重要性に気づいてから、このWantedlyで発信を続けています。
今回の記事では、その土台となる 「意思を引き出す」ことと「意思を磨く」こと の意義や、それを大事だと思う背景について、私自身のキャリアの反省を使って整理してみます。
ただ、このキャリアの反省を一般に公開するか非常に迷いました。私個人にとってセンシティブな内容でもありますし、なにより誤解されたくないからです。特定の会社や個人を否定するものでもありません。
むしろ私自身の選択や向き合い方を振り返った結果として見えてきた反省です。
それでも公開しようと思ったのは、私のキャリアの価値観や考え方をテーマとして発信しているため、その背景にある反省や葛藤も含めてお伝えすることに意義があると思ったからです。
そして、ご理解いただける方との出会いにつながればと思い、公開を決断しました。
私のキャリアの反省
それは、「何か違う」という違和感を解消できずに転職を繰り返してしまったことです。転職回数そのものが問題だとは思っていません。
問題だったのは、その違和感の正体を理解できないまま選択を繰り返してしまったことでした。その違和感の正体は何だったのか。
私は、自分自身の強みや特徴という価値観に向き合わず、「あるべき論」でキャリアを選択してしまったことだと理解しています。
私はどうやら、筋が通った一貫性のある目的を強く求める人間のようです。そのため、自分なりに筋が通っていると思うことがあれば、その道を突き進んでしまいますし、突き進んでしまいました。それが結果的に自分の違和感を増幅させる道だったとしても、です。
違和感を感じた多くの転職先では、自分の役割やタスクの目的が見出せない、あるいは(与えられた)目的があっても、それがどう成果につながるのか見えませんでした。
つまり、私が所属して貢献し成長するという一貫した意義が分からない状態になってしまったのです。
「これをやってどうなるんだろう」(どう成果に結びつくか分からない意)
「それは何をして欲しいんだろう」(目的が抽象的すぎて実作業に落とし込むにもギャップがある意)
このように、実際に業務を進める上で、効果や具体性において納得のない感覚になってしまったのです。
思考停止して作業に徹することができれば、違和感を感じることはなかったのかもしれませんが、私には目的と行動がつながり、きちんと機能している状態へのこだわりがあるようです。
私自身が自分の価値観を重視してその目的へのこだわりを貫くことを怠り、データ活用やデータサイエンスへの手段である「スキルアップ」を優先してしまったのは、悔やまれる判断だった気がします。
私自身の価値観に向き合わずに「スキル」という小手先を優先してしまったことで違和感が増幅し、キャリアコーチングや自己理解のプログラムを受講し内省する中で、
- これまで自分が大事にしているはずの価値観に向き合えていないこと
- 大事だと思っていたスキルアップが、自分の価値観ではなかったこと
に気づきました。
教訓:ズレた方向に全力で突っ走ろうとすると、違和感が生まれ、走れなくなる。
なぜ認識のズレが生まれるのか
「効果」や「質」にこだわりをもつ私自身の経験を振り返ると、多くの問題の背景には相手との認識のズレがあったように感じています。
なぜズレが生じるのか。
それは、お互いが何を見て、何を問題だと捉え、何に違和感を感じているのかという認識や、その先にある「どうしたいのか」という意思が十分に表現されていないからではないでしょうか。
だからこそ私は、まずは「意思」を「引き出す」ことが重要だと考えています。
- どんな状態を実現したいのか
- 何を変えたいのか
- 何に違和感を感じているのか
粗くても良いので、まずは表現してみることが大切です。
しかし、そこで終わりではありません。
引き出された意思が、本当に実現したいことを表現できているとは限らないからです。
どうやって意思を磨くのか
私自身がそうでした。
製造現場において経験や勘への依存に違和感を持ち、「もっと効果的に改善したい」という認識がありました。そして、その認識からデータ活用という方向性を見出しました。
しかし、その先で「本当に実現したいことは何か」を十分に磨かないまま進んでしまった結果、いつの間にかデータ活用そのものやデータサイエンスという手段が目的になってしまった側面があったように思います。
では、どうやって意思を「磨く」のか。
そのときに重要になるのが認識です。
- なぜそう思ったのか
- どのような経験があったのか
- 何を見て違和感を感じたのか
そうした認識を整理しながら意思を見つめ直すことで、その意思が本当に実現したいことを表現できているのかを確認することができます。
私はこれまで、その過程の重要性に気づけずにいました。
提案して「本当はこっちじゃないですか」と議論しようとしながらも、相手の表情や態度を深読みして、これ以上深く議論するのはやめようと、「磨く」ことを避けていたのです。面倒くさいやつと思われるのを避けていたからかもしれません。
正しく表現されていないために、同じことを指していたと思っていた認識も、実は違うコトを指していた、なんていうのはよくある話です。
理解の解像度が低くても、人はある意味で優秀で、なんとなく行間を埋めて、それっぽいアクションの選択肢を考えられます。
違和感を感じたときに、それっぽい理由をつけて、
「これだ!」
と飛びついて失敗するのが共通する構造ではないでしょうか。
私自身の意思ですら、最初から明確に言語化できているわけではありません。
だからこそ、まずは意思を「引き出す」。
そして、その背景にある認識を確認しながら、本当に実現したいことを表現できているのかを問い続け、「磨き」続けます。
その繰り返しによって、自分自身も、そして関わる人や組織も、本当に実現したいGOALに近づけるのではないかと考えています。
どこまで意思を磨けばよいのか
では、どこまで意思を磨けばよいのか。
私は、完璧な答えが見つかるまでだとは思っていません。
そもそも完璧な答えとは何でしょう。
そもそも未来に正解があるのかどうかすら分からないからです。
私が大事だと思っているのは、その意思が関わる人たちにとって、
「これだ!」
と思えるGOALになっているかどうかです。
- そのGOALに納得できるか
- そのGOALを実現したいと思えるか
- そのGOALにワクワクして自ら進みたいと思えるか
意思を引き出し、磨くのは、その状態をつくるためです。
そして、その熱量こそが推進力の源になるのだと思っています。
もし熱量のあるGOALが得られなければ、なぜその行動が必要なのかを理解しづらくなります。
その結果、都度作業指示を供給し続ける必要が生まれ、自ら考えて動く主体性が発揮されにくくなるのではないでしょうか。
私は、その状態が続くと、メンバー自身も
「なぜ自分はこの組織にいるのか」
を見失ってしまうように思います。
正解かどうか分からないGOALだったとしても、その熱量があれば、実践と修正を繰り返しながら前に進むことができます。
自分が「引き出し、磨く」をしていたとき
自身のキャリアについては、これまで十分に実践できていませんでした。
とはいえ、「引き出し、磨く」を全く実践できていなかったかというと、そうでもありません。むしろ、それが私自身の達成感や満足感につながっていました。
これまで成果や達成感が得られた仕事の多くは、相手が何を実現したいのかを理解し、その背景にある認識や前提を整理しながら、本当に解くべき問題や目指す状態を明らかにすることでした。
そして、その中でも特に力を発揮できていた場面があると思っています。
それは、
熱量高く取り組めていたとき
でした。
振り返ってみると、相手が本気で実現したいことや、その背景にある思いに共感できていたからだと思います。おそらく、心のどこかで相手と共鳴し、エネルギーに満たされていた状態だったのでしょう。
だから私は、単に問題を解決したいわけではありません。
その人が本当に実現したいことは何なのか。
なぜそれを実現したいのか。
その意思を引き出し、磨きながら、一緒にGOALを形にしていきたいのです。
私の大事にしたいキャリア軸に
「誰かの本気に寄り添う」
というフレーズがあるのも、そのためです。
本気で実現したいことを持つ人や組織と向き合い、その意思を引き出し、磨き、「これだ」と思えるGOALを共につくる。
その過程こそが私を最も熱中させ、私自身も満たしてくれるものだと感じています。
だから私は、これからも意思を「引き出し、磨き」続けたいと考えています。