47歳で京セラから異業種ベンチャーに転職した理由
私は2022年9月、47歳のときに京セラ株式会社から株式会社みらいワークスに転職しました。
なぜ、京セラでの携帯電話端末のプロダクトマーケティングという仕事から、異業種である人材業界のベンチャー企業に転職したのか?しかも47歳という年齢で。
よく質問を受けるので、その経緯を書きます。
47歳、安定を捨て「靴を履き替える」ことにした
47歳という年齢は、多くのビジネスパーソンにとって「守り」のフェーズに入る時期かもしれません。
長年勤めた会社での地位、気心知れた仲間、慣れ親しんだ仕事の進め方、そして安定した収入。
私にとって、それは「京セラ」という日本を代表する大企業の看板の下にある、揺るぎない日常でした。
しかし、私はその場所を離れ、株式会社みらいワークスという異業種ベンチャーに転職する道を選びました。
「なぜ、今さらそんなリスクを?」
「退職金が減ってしまうのは、もったいない」
周囲からは、そんな声も聞こえてきました。確かに、効率や損得だけで考えれば、私の選択は「不合理」だったかもしれません。
でも、あの頃、毎日のように感じていた「小さな、けれど無視できない胸のざわつき」は、私にとって何よりも確かな真実でした。
確固たる「基礎」を作ってくれた場所への誇りと感謝
誤解を恐れずに言えば、私は京セラが大好きでした。
- 創業者である稲盛和夫さんが作り上げた経営哲学とアメーバ会計の仕組み。
- 何十万人もの人の手に渡る携帯電話端末という商品づくりのおもしろさ。
- 製造業の最前線で叩き込まれた「品質とコストへのこだわり」。
- 「損得」ではなく「善悪」、「利己」ではなく「利他」という考え方。
これらは、今の私の血となり肉となっている、ビジネスパーソンとしてのOSそのものです。京セラでのキャリアに後悔はありません。むしろ、あの厳しくも温かい環境で鍛えられなければ、今の私は存在していなかったと言えます。
大きな組織の中で、歯車の一部として忠実に仕事をすることの尊さ。
何十億円も投資し、何百人、何千人という力が結集して、世界を変える製品が生まれる瞬間のダイナミズム。
すべて、得がたい経験でした。
17年半もの間、携帯電話業界の激しい変化の中に身を置いた日々は、本当にやりがいがありました。
しかし、その充実感の影で、私はいつしか「自分が培ったスキル・経験をもっと世の中のために使いたい」と思い始めていました。
人生の後半戦が、今の延長線上には見えなかった
2021年、46歳のときにコーチングの資格を取得したことをきっかけに、自分自身に問いかけることが増えました。
「これから迎える人生の後半戦において、自分が本当にやりたいことは何か?」
「それは、今の延長線上にあるのか?」
会社の中での評価は得られる。役割も果たせる。給料もそれなりにいい。
けれど、社会との接点は限定的であり、自分の仕事が社会的に価値があるのか見えにくくなっていたのです。
そんなとき、私の視界を広げてくれたのが、中小企業診断士として行っていた中小企業支援やコーチングの場でした。
そこには、正解のない問いに立ち向かい、孤独に決断を下す中小企業経営者たちの姿がありました。
私との対話を通じて行動が変わり、組織や事業が少しずつ、けれど確実に前進していく。
そのプロセスに立ち会うたびに、私の心には「手触りのある感動」が走りました。
「地域企業の成長をサポートすることを通じて、日本を盛り上げたい。そのために、自分のスキル・経験を全投入して関わりたい」
この気持ちが確信に変わったとき、京セラを退職することを決めました。
京セラフィロソフィには「才能を私物化しない」という教えがあります。この言葉の意味も考え抜き、新たな挑戦をするときが来たと判断しました。
すべては、日本のみらいの為に
みらいワークスは「Skill Shift」という副業マッチングサービスを運営しており、都市部のプロフェッショナル人材が副業という関わり方で地域中小企業の変革を支援することを実現しています。
この「Skill Shift」を知ったとき、私は「これだ!」と思いました。
中小企業診断士の活動を通じて、多くの中小企業経営者が困っている現実を知ってました。また、私のように本業で培ったスキルや経験を地域企業支援に活かしたいという人が多くいることも知ってました。
「Skill Shiftが普及すれば、助かる中小企業経営者がたくさんいる。これを自分の手でもっともっと普及させたい」
この考えが本心なのか、本当にやりたいことなのか、時間をかけて何度も自問自答しました。そして、自分に偽りがないことを確認した後、みらいワークスに自ら連絡を取り、自分を売り込みました。
「日本のみらいの為に挑戦する人を増やす」
このミッションを掲げるみらいワークスでの挑戦は、私がそれまで培ってきたマーケティング、コーチング、そして地方創生への想いを、一つの鮮やかな線で結びつけてくれる確信もありました。
47歳。正直に言えば、京セラという大企業から異業種ベンチャーへの転職は怖くなかったわけではありません。人材業界のイロハを何も知らなかったわけですから。
新しい環境のスピード感についていけるだろうか。
自分のスキルは本当に通用するだろうか。
でも、そんな不安以上に「安定だけを理由に、そのまま納得感のない人生を送ること」の方が、私にとっては最大のリスクに思えました。
やらずの後悔より、やってからの後悔。
私が大事にしている考え方です。
50歳になっても新しいキャリアは作れる
よく「47歳からの挑戦は遅い」と言われます。
でも、実際に新しいフィールドに立ってみて感じるのは、むしろ「今だからこそできることがある」という確信です。
大企業で学んだ「ポータブルスキルと、普遍的なビジネスの作法」、ベンチャーで求められる「常に挑戦する姿勢と、変化への即応力」。
これらをミックスすることで、入社以来どんどん新しい経験を積み上げることができています。
長年かけて磨き上げてきたスキルと経験があるからこそ、変化の中でも臨機応変に対応できるという自信も身につきました。
私は今、自分のキャリアを「完成したもの」として守るのではなく、毎日少しずつ「更新」している感覚の中にいます。
50歳になった今でも日々成長を実感できるのは、ベンチャーならではであり、本当にありがたいことです。
自分が選んだ道が正解かどうかは、わかりません。
それよりも大事なことは、下した決断を、自らの行動によって「正解にしていく」こと。
それこそが、人生の醍醐味だと私は考えます。
最後に:あなたの中にある「違和感」へ
もし、この記事を読んでいるあなたが、かつての私のように「何かが違う」という小さな違和感を抱えているのなら。
その違和感は、あなたが今の場所に飽きたからではなく、もっと新しい価値を社会に届けたいと願っている、健全なエネルギーの現れかもしれません。
答えを急ぐ必要はありません。
ただ、その声を無視しないでほしいと思います。
もし、自分のスキルや経験を日本のみらいの為に使いたいと思うなら、みらいワークスで働くことも考えてみてください。
「挑戦」と「変化」を常に求められる環境と、手触り感あるエキサイティングな仕事が、あなたを待っています。志を持ち、何歳になっても成長したいと思う人にはおすすめです。