コーヒーは家で飲めばいい。それでもカフェに行く理由
AIの普及で、文章を書くことそのものの価値は、どんどん変わっていくと感じています。
構成を考える。
情報を整理する。
言葉を整える。
以前よりも、ずっと早くできるようになっています。それらを、人間が深く関わらなくても良くなっている。
ライターとして仕事をしていると、そうした変化を日々感じます。実際、いくつか案件が終わってしまいました。
それでも僕は、「誰が書くか」「どんな空気感で届けるか」は、これからも残り続ける価値なんじゃないかと信じています。
そんなことを考えながら、カフェでコーヒーを飲みながらふと思いました。
「コーヒーって、家で飲めばいいよな」
家で淹れた方が安い。
移動時間もかからない。
合理性だけで考えたら、家で飲む方が効率的です。お財布にもやさしい。
でも、それでも人はカフェへ行きます。僕も、カフェが大好きです。
なぜなんだろう。
たぶん、コーヒーそのものだけを求めているわけでは、ないんですよね。
その場所の空気。
店員さんとの距離感。
流れている音楽。
窓から入る光。
静かに考え事ができる時間。
そういうものを含めて、人はカフェで過ごし、コーヒーを飲む選択をしている。
僕は、文章やインタビューの仕事も少し似ている気がしています。
情報だけなら、AIでも整理できますし、調べることもできます。
でも、「誰に話を聞いてもらうか」「どんな空気感で言葉を受け取ってもらうか」は、まだ人によって大きく変わる。
だから僕は、「話を聞く」よりも、「相手が安心して話せる空気をつくる」ことを大切にしています。
実際、長時間のインタビューでは、質問力以上に、その場の空気感が大切になることがあります。
話しやすい。
少し安心できる。
この人には話してもいいかもしれない。
そんな空気が現場にあることで、初めて出てくる言葉がある。
僕は、そういう時間を大切にしています。
効率やスピードが重視される時代だからこそ、人が人に依頼する理由は、これから少しずつ変わっていくのかもしれません。
単に「文章を書ける人」ではなく、
「この人と一緒に仕事をしたい」
そう思ってもらえること。
それが、これからの時代に残っていく価値なんじゃないかと感じています。