福祉、教育領域への就活シフトチェンジ
就活軸自体は、「地域の暮らしの課題解決」に変わりはないのだが、手段を大きく変えることにした。
きっかけは主に2つ。1つは「横浜での暮らし」2つ目は「自分と友人のエピソードの重なり」である。
1つ目、私は横浜市に住んでいたのだが、その時に気づいたことがある。ニューファミリーや若いママさんがたくさんいたのだ。都市部では一般的なのかもしれないが、過去に私が行ったり滞在経験があるエリアと比べても多いなと感じたのだ(都市部といっても東京23区の一部や東急田園都市線沿線のごく一部しか行ったことはほぼないのだが)。そこで気になって調べたところ、どうやら保育所の多さなど子育てにはぴったりな環境なんだそう。
そこで点と点が線で結ばれた。散歩をしていて気づいたのだが、高架下に保育所がたくさんあるのだ。実際1駅歩いただけでも保育所を3箇所見つけた。これならニューファミリーも多く暮らすのも納得だった。実際、こうした保育などのサービス拡充は育児の負担軽減によって虐待などの事件もないと聞いたことがあり、こうした取り組みのおかげで暮らしの幸福度は高まるのだということも再認識させられた。
ちょうどその頃、保育など子供に欠かせないサービスが大ピンチになっていることを知らされる。大学の研究で保育所を訪れた際、「人手が足りなくて運営は苦戦した」と聞き、都心部でも保育という必要なサービスがなくなりかけたことに衝撃を受けたのだ。さらに、保育ではないが教員をやっている友人からも「手続きや保護者対応に追われて授業準備が全然できない」という話も聞き、教育や保育という地域インフラはピンチになっていると実感した。
2つ目の友人と自分のエピソードの重なりである。これは少々重苦しい話になってしまう。友人のSNSを見ていた時、真っ黒の背景に書かれた一文に衝撃を受けた。
「心が壊れている」
そう綴られていた。普段私の前では弱音を吐かず明るい彼だったのを知っていただけにそれを見た時は今でも鮮明に覚えている。私の彼の共通の友人に心配になって電話したほどである。その後会って話を聞いたのだが、その時も非常に大きな衝撃を受けた。彼は多趣味なのだが、仕事どころか趣味も楽しめないほど精神的に疲弊していたのだという(本人のプライバシーもあるので詳しいことは触れないが)。
私自身も発達障害のASDの傾向があるとの診断を受けており、コミュニケーションなどのすれ違いで悩み生きづらさを感じていた経験があったことを思い出した。この時から精神的なハンデを抱えていても生きづらさを感じず、自分らしい暮らしができるようにする支援をしたいと強く思うようになった。自分もそうだが槍投げになっている人にも強みを再発見し、それを伸ばすことで仕事や生活に自信を持つきっかけを作ることで、いきやすさを感じてもらえる取り組みに従事したい
こうした2つのエピソードから、福祉・教育サービスの維持によって暮らしの幸福度を上げ、暮らしやすい街や社会づくりをしたいという気持ちが芽生えた。これに関しては地方都市部関係ない問題だと私は考えている(現に大都市でも保育園数が少なく、保育園を利用できない子育て世帯も存在したり、人材不足で悲鳴をあげている教育・保育現場もある)。こうしたサービスの支援に携わり、がやりたいことができる自分らしい暮らし、子供やその家族が暮らしやすい社会づくりに携わり、地域を守っていきたいと思っている