この世界にクリエイターは存在しない。
この世界にクリエイターは存在しない。いや、正確には”ひとり”だけいる。宇宙をつくったビッグバンだ。それ以降に生まれたすべてのものは、エディターにすぎない。
「ミーム」という概念がある。1976年に発表されたリチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』の中で、「文化的遺伝子」という意味で提示された。「模倣」を意味するギリシャ語「mimeme」を語源とし、人類の文化が模倣によって紡がれてきたことを表しているそうだ。この言葉に出会って以降、何者でもない私は、自身を「ミーム・エディター」と自称するようになった。
私がそんな言葉を知るよしもない2017年、星野源はアリーナツアー「Continues」を敢行。当時大学生だった私にとって、これが人生初めてのアーティストライブとなる。源さんがリスペクトを公言している細野晴臣およびYMOのカバーした、マーティン・デニーの”Firecracker”から始まるステージ。先人たちがつくった音楽に影響を受け、それが遺伝子のように自分に組み込まれてまた次の音楽を生み出していく。そんな「続いていく」ことがコンセプトのこのライブで、ものづくりの歴史を学んだ。
それから2年後の秋、卒業制作の打ち上げ帰りの電車内で、乗り合わせていた友人がヨドバシカメラの大きな袋を抱えていることに気付いた。
「小島秀夫のDEATH STRANDINGが今日発売でさ、PS4も一緒に買っちゃいました」
冷静という言葉が精神に張り付いているような彼だが、この時ばかりは彼の体温が2度ほど上がっているのを感じた。小島秀夫...「星野源雑談集」で源さんと対談してた人かな? 当時はそれくらいにしか思っていなかった。
2020年、私は大学卒業間近になってもいわゆる就職活動は全くせず、代わりに無料の映画試写会に行きまくっていた。その中のとある映画の試写会前に、会場の最寄り駅にほど近い本屋で「創作する遺伝子: 僕が愛したMEMEたち」という文庫本が目に止まった。なんとなく手に取ると、「小島秀夫」の文字。彼が今までに影響を受けてきた作品を紹介するこの本で、ものづくりの姿勢を学んだ。
オギャーと生まれた瞬間から、映画を作りたいと思うやつはいない。映画というものがあることを知り、映画館へ行って鑑賞し、これはなんか楽しいぞと感じる。そしてそこに「スキ」という感情が生まれ、その中の数人が実際につくってみたいと思うようになる。さらにその中のひとりがそれをひたすら作り続け、職業にして生きることを許される。敏腕マーケターから発せられる「この世の新しいものは掛け算から生まれる」なんて台詞を、有料セミナーや講演会で聴く価値はない。作り続けている人はそんなこと無意識でやっている。ゼロイチで生まれたものだとあなたが感心しているそれも、誰かのスキから生まれたイチにすぎない。だからこそ、先人たちが紡いできたイチに敬意を表し、1を100にするミーム・エディターであり続けたい。創ることは、編集すること。そんな謙虚さを、忘れずに生きたい。