こんにちは!本田教之です。
二十年もシステム開発という極めて緻密な世界でプログラムを組み続けていると、多くの人が効率や快適さを追求するあまり、大切な野生を失っているのではないかと感じることがあります。エンジニアにとって最高の椅子や最新のデバイスを揃えることは、一見すると生産性を上げる正解に思えます。しかし、最近の私はあえて、チームのメンバー全員が少しだけ居心地の悪さを感じるような、不完全な空間こそが真の挑戦を生むのではないかと考えています。至れり尽くせりの環境は人を甘やかし、指示を待つだけの部品に変えてしまいますが、少しの不自由は人を思考させ、自らの手で状況を変えようとする強い意志を育むからです。
私がかつて大手メーカーで構築していた巨大なインフラは、まさに誰もが迷わず、何の摩擦もなく動ける完璧な檻のようなものでした。そこには快適さはありましたが、一人ひとりが自分の名前で語り、新しい風を巻き起こすような熱気はありませんでした。私が本当に作りたいのは、各自が独自の武器を持ち寄り、時には意見を戦わせながらも一つの目的に向かって勝手に走り出す、梁山泊の荒くれ者のような集団です。椅子が座りにくいなら自分たちで工夫し、ルールが古いなら自分たちで書き換える。そんな当たり前の主体性を取り戻すために、私はあえてシステムの中に少しの余白と、あえて解かなければならない不便さを忍ばせています。
仕事とは本来、誰かに用意された椅子に座ることではなく、自分たちの手で座るべき場所を切り拓いていくプロセスそのものです。社外のコミュニティに顔を出し、評価の物差しを一度捨てて自分を主語に語り合う時間は、まさに自分が何者であるかを再確認するための貴重な儀式です。完璧なマニュアルよりも、一通の怪文書のような不確かな情報のほうが、時に人の創造性を激しく刺激します。デジタルな正確さを追求するプロだからこそ、私は人間という不確定で豊かな存在を信じ抜き、予測不可能な化学反応が起きる舞台を設計し続けたいと考えています。
二〇二六年、世界はさらに効率化の波に飲み込まれていくでしょう。しかし、そんな時代だからこそ、私たちはあえて立ち上がり、自分の足で大地を踏みしめる感覚を大切にすべきです。快適な椅子を捨て、少しだけ背伸びをしなければ届かない場所に手を伸ばす。その不器用で必死な姿の中にこそ、これからの時代を生き抜くための本当の強さと、誰にも真似できない個性が宿ります。もしあなたが、今の安定した環境に物足りなさを感じ、自分の内側にある熱い何かを爆発させたいと願っているなら、ぜひ私たちの不完全な冒険に加わってください。そこには、マニュアル通りの成功よりも刺激的で、自分を主語にして生きる喜びが溢れる未来が待っています。