コンビニのレジ横にある募金箱に、あえて五円玉だけを毎日入れ続けて気づいたこと
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こんにちは!城間勝行です。
一ヶ月前から、私は自分の中に一つの奇妙なルールを課しました。それは、コンビニで買い物をした際のお釣りの中に五円玉があれば、それを必ずレジ横の募金箱に入れるというものです。五円玉がなければ、わざわざ千円札を崩してでも五円玉を作り、それを箱に落とします。システムエンジニアとして、私はこれまで、いかに大きなインパクトを最小の工数で生み出すかという効率の最大化を追求してきました。数千人が利用する基幹システムを設計し、一分一秒の遅延も許されない世界で戦ってきた私にとって、五円という最小単位の行動を繰り返すことは、一見すると非合理的で、生産性の低い時間の浪費に思えました。
しかし、この小さな穴の空いた硬貨を箱に落とすたびに、私の仕事観は少しずつ、でも確実に変化していったのです。五円玉を一枚落とすとき、そこには劇的な変化は起きません。世界が明日から一変することもないでしょう。でも、その小さな金属が箱の底に当たる乾いた音を聴く瞬間、私は自分が作り上げている巨大なシステムもまた、こうした名もなき無数のこだわりや、目に見えないほど小さな改善の積み重ねでできているのだという当たり前の事実に、改めて直面しました。私たちは華やかな成果や、革新的なテクノロジーという言葉に目を奪われがちですが、本当に信頼されるプロダクトの正体は、こうした静かな情熱の集積なのです。
スタートアップの現場でスピード感を持って開発を進めていると、つい細部を切り捨て、表面上の完成度だけを追い求めたくなる誘惑に駆られます。でも、五円玉を募金箱に入れ続けるという行為は、私に「目に見えない部分への誠実さ」を思い出させてくれました。誰も気づかないようなコードの余白、ユーザーが意識すらしない一瞬の操作感。そうした微細な部分にまで体温を宿らせること。それが、単なるシステムを、誰かの人生を支えるパートナーへと昇華させる唯一の方法なのだと確信しています。
五円、つまりご縁という言葉遊びのような動機から始めたこの習慣ですが、気づけば私の周りには、同じような熱量を持つ仲間が集まってくるようになりました。効率や論理だけで繋がる関係ではなく、もっと泥臭く、もっと人間味のある、予測不可能な化学反応。私はこれからも、最新の技術を使いこなしながらも、心の中には常にこの小さな五円玉のような、ささやかで揺るぎない誠実さを持ち続けていたい。完璧な設計図を書くことよりも、誰かのために一歩踏み出すその手触りを大切にしたいのです。
結局、仕事も人生も、どれだけ多くの「五円玉」を積み上げられたかで決まるのかもしれません。明日もまた、私はレジ横で小さな音を鳴らしながら、まだ見ぬ誰かの幸せのために、最高にクールで温かいコードを書き続けます。