路上のゴミをじっくり観察した経験がある人は、少ないかもしれません。
私は現在進行形で、街のゴミ拾いを続けています。
始めたきっかけは、無類の犬好きであることと、幼い子どもがタバコの吸い殻を掴んでしまう場面を目にしたことです。
この3年弱、タバコの吸い殻、空き缶、ペットボトル、タオル、弁当のゴミなど、さまざまなものを拾ってきました。
現在住んでいる地域でゴミ拾いを始めてから、ゴミから読み取れる情報があることに気づきました。
例えば、次のようなことです。
- 帰宅途中に買い食いをしたと思われる人のゴミ
- 意図的に見えにくい場所へ置かれた空き缶やペットボトル
- 同じ人物が捨てている可能性のある、おにぎりの包装ゴミ
- 特徴的なタバコの消し方から推測できる、その人の移動範囲
- タバコの吸い殻の本数から推測できる、その場所での滞在時間
つまり、ゴミを観察することで、人がどこに滞留しているのかが見えてくるのです。
そして、もう一つ気づいたことがあります。
それは、排水溝にゴミを捨てる人が想像以上に多いことです。
道路のグレーチング(排水溝の蓋)の隙間を覗くと、タバコの吸い殻が溜まっており、ときにはタバコの箱まで入っています。
こうした光景を目にするうちに、いくつかの疑問が浮かんできました。
この状態で、排水機能は十分に果たせるのでしょうか?
そもそも、道路は誰が清掃するべきなのでしょうか?
行政が担うべき範囲は、どこまでなのでしょうか?
さて、実はこれとよく似た問題が、19世紀にも起こっていました。
19世紀と21世紀。
約200年の時を経てもなお、変わらずに残っている問題とは何なのでしょうか。