誰のための仕事か
一冊の本を渡されたことを、いまでも覚えています。
広告代理店に転職したばかりの頃、先輩から手渡されたのは、ドナルド・A・ノーマンの「誰のためのデザイン?」でした。
その先輩は、クライアントに何を言われようと動じない人でした。WEBやアプリのUI設計において最優先するのは、常に「使いやすさ」。根っこにあったのは、ノーマンが唱えるhuman centered design、人間中心設計という思想でした。
忘れられない場面があります。あるクライアントのデザインコンペでのことです。プレゼンの最中、クライアントの口からこう告げられました。
「他社のデザインの方がいいね」
会場の空気が一瞬止まりました。普通なら、ここで引き下がる場面です。でも先輩は、まったく動じませんでした。
「べっぴんさんか、ぶさいくか。そう聞かれたら、そりゃべっぴんさんがいいですよ。でも私は、多少ぶさいくでも気立てのいい女性と結婚したい。べっぴんだからといって、売上が伸びるわけじゃない。使い勝手がいい方が、売上は伸びるんです」
会場が静かに動いた気がしました。
結果、私たちは受注しました。それだけではありません。ローンチ後、コンバージョンレートは目に見えて改善し、クライアントの利益創出に貢献しました。見た目の勝負ではなく、使い勝手の勝負に賭けた先輩が、最後には正しかった。
あのとき私は、心の底から思いました。やはり、ユーザーフレンドリーが一番だと。