同じ法則が逆の結果を生む
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前回、「高い」と「多い」の違いから言葉の粒度について書きました。最後に少しだけ触れた「窓によって見え方が変わる」という話を、今回はもっと深く掘ってみたいと思います。
エントロピーが高い状態は「無秩序」だと説明されます。乱雑で、バラバラで、パターンがない。でも同時に、エントロピーが高い状態は「均質」だとも言われます。どこを見ても同じで、偏りがなくて、のっぺりしている。
無秩序と均質。この二つはイメージとしてまるで逆です。散らかった部屋と、何もない真っ白な部屋が、同じ状態を指しているのか。しばらく考えて、腑に落ちませんでした。
答えは、見ているスケールの違いでした。
ミクロで見ると、エントロピーが高い状態は確かに無秩序です。分子の一つひとつがどこにいるか、どう動いているかに何のパターンもない。でもマクロで見ると、その乱雑さは「均質」として現れます。個々の分子がランダムに動いているからこそ、全体としてはどこを見ても同じ状態になる。
逆に、エントロピーが低い状態。ミクロで見ると分子が規則的に整列していて、マクロで見ると乱雑な全体の中に一部だけ規則的に整列している、つまり「偏り」が生まれている。氷の結晶は分子が整然と並んでいるからこそ、周囲の水とは違う構造を持てます。
ミクロの無秩序がマクロの均質を生み、ミクロの秩序がマクロの偏りを生む
同じ現象なのに、覗く窓が違うだけで、見える景色が反転する。これだけでも十分驚いたのですが、もっと大きな反転がありました。
ここまで繰り返してきたのは、エントロピーが増える=散らばる=均質になる、という流れです。コーヒーの熱は散り、インクは広がり、すべてがのっぺりに向かう。帆船は、その風を受けて進む。
ところが、このルールには実は、重力が支配的でない場合に限る、という前提条件がありました。
太陽は、もともと宇宙空間に漂っていたガスが一箇所に集まってできたものだそうです。エントロピーが増えると散らばるなら、星が生まれるのはおかしいはずです。散らばったガスが集まるのは、のっぺりに逆行していないか。
ではなぜ散らばらずに集まるとエントロピーが増えるのかというと、ガスが収縮するときに重力エネルギーが解放されて、膨大な熱と光が宇宙空間に放射されるからだそうです。太陽のあたたかさがこんな遠くの地球にまで届いています。ありがたいですね。星という構造は、局所的には秩序だって見える。でもその代わりに、周囲に桁違いのエネルギーをばらまいている。全体の収支で見れば、エントロピーは圧倒的に増えています。
重力がない世界では、散らばることがエントロピー増大。重力がある世界では、集まることがエントロピー増大。同じ第二法則が、同じように働いているのに、支配的な条件が変わると、結果が正反対になる。
これを知ったとき、やはり仕事のことを考えました。
「もっと多くの人に届けたいから、尖りすぎない方向にしましょう」という判断がまだまだあります。偏りを薄め、広く浅く、なるべく多くの人に受け入れられるように。これは散らばることで安定する世界の発想です。
しかし、ある段階を超えた組織やブランドでは、逆のことが起きるのを見てきました。
「偏り」を強め、「これが自分たちだ」と言い切れるものに凝縮していった方が、結果としてより多くの人を巻き込んでいく。「偏り」を強くすることで周囲にエネルギーが放射されて、そのエネルギーがさらに人を引きつける。星の形成と同じ構造です。
前回の帆船の比喩で言えば、帆を小さく畳んで風の抵抗を減らそうとするフェーズと、帆をいっぱいに広げて風を受け止めるフェーズがある。
どちらが正しいかではなく、今どちらのフェーズにいるかを見極めることが大事
なのだと思います。
同じ「エントロピー増大」というルールのもとで、散らばることが正解の場面と、集まることが正解の場面がある。
同じ「ブランドを広げたい」という目標のもとで、
薄めることが正解の場面と、
凝縮することが正解の場面がある。
条件が変われば、同じルールが逆の結果を生む。これは直感的にわかっていたことかもしれません。でも、物理の言葉で「同じ法則の、条件違いの帰結だ」と理解できたことで、判断に迷ったときの拠り所がひとつ増えた気がしています。