重力はなかったかもしれない
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前回、重力が支配する世界ではエントロピー増大のルールが反転する、という話を書きました。散らばるのではなく集まることが、のっぺりに向かう正しい道筋になる。そう書いた後に、ふと思いました。
そもそも、その「重力」とは何なのでしょうか。
リンゴが落ちる。月が地球を回る。立っていると疲れる。どれも重力のせいだと説明されます。ニュートンは「質量を持つものは引き合う」と書き、アインシュタインは「質量があると時空が曲がる」と書き換えました。どちらも計算はぴったり合う。でも、なぜ引き合うのか、なぜ曲がるのか、本当のところは誰も説明できていないらしいのです。
最近の物理学には、面白い仮説があると知りました。
重力は、実は力ではないかもしれない。
質量とは情報の塊である。情報が集中している場所は、エントロピーの地形に「窪み」を作る。その窪みの斜面に沿って、ものが動く。私たちはそれを「引力」と呼んできたけれど、実際には誰も何も引っ張っていない。ただ、情報の地形が傾いていて、傾いているから動く。それだけ。
坂を転がるボールを想像します。ボールを下に引っ張っている「力」は、どこにもありません。あるのは坂の傾きだけです。傾いているから、ボールは動く。重力もそれと同じ構造なのではないか、という話です。
この仮説が面白いのは、重力を「力」ではなく「地形」として捉え直していることです。力は何かを押したり引いたりするもの。地形はただ、そこにあるだけ。ものが動くのは、地形が動かしているからではなく、地形の上にあるから。
最初にこれを知ったとき、「じゃあ、なぜ地面に向かって傾いているのか」と思いました。
地球という巨大な情報の塊が、周囲のエントロピーの地形に深い窪みを掘っている。その窪みの斜面の途中に、小さな情報の塊である私が立っている。斜面があれば、小さい方は大きい方の方向に滑り落ちる。地面方向というのは、最も深い窪みがある方向のことでした。
「下」とは、最も情報が密集している方向。
この仮説でもう一つ面白いのは、自己強化ループの構造です。情報が少し集まると、地形にわずかな窪みができる。
窪みがあると周囲の情報が滑り込んでくる。滑り込んだ分だけ窪みがさらに深くなる。深くなればもっと遠くの情報まで集まってくる。
特別なトリガーは要りません。最初のわずかな偏りさえあれば、あとは勝手に進んでいきます。
宇宙初期のガスにあったほんの小さな密度のムラが、このループで増幅されて、星になり、惑星になり、地球になり、私たちが立っている場所になった。
ここまで書いて、やはり仕事のことを考えてしまいます。
ブランディングの仕事をしていると、「どうすれば共感してもらえるか」という話になります。多くの場合、この問いは「どうやって人の心を動かすか」として語られます。心を動かす、という言葉には、こちらから何かを働きかけるニュアンスがあります。押すか、引くか、巻き込むか。
しかし、もしこの仮説が正しいとしたら、
人は押しても引いても動きません。動くのは、情報の地形が傾いているからです。
誰かに「動いてもらう」のではなく、情報の地形に傾きを作る。傾きがあれば、人は勝手に滑り落ちてくる。ブランディングとは、力を加える仕事ではなく、地形を設計する仕事だったのかもしれない。
「偏り」がある組織には、必ず地形の傾きが生まれています。強い理念、はっきりした価値観、他と違う判断基準。これらはすべて、情報の密度の差であり、地形の窪みです。その窪みが深ければ、遠くの人まで滑り落ちてくる。窪みが浅ければ、近くの人すら留まらない。
この見方で考えると、「いい理念があるのに人が集まらない」という悩みの構造が少し見えてきます。おそらく、理念そのものが弱いのではなく、理念が地形の傾きとしてまだ外に現れていないのです。窪みが内側にはあるのに、斜面が外から見えていない。
窪みを掘るのではなく、すでにある窪みの斜面を外に見せる。それが、ブランディングの本当の役割なのかもしれません。重力が力ではなかったように、ブランドの求心力もまた力ではない。情報の偏りが作る、地形の傾きなのではないでしょうか。