【高倉友彰】靴紐の左右の長さをわざと変えて歩く勇気
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朝、玄関で靴を履く際、私はふと思いついて靴紐の左右の長さを数センチだけ変えて結んでみることにしました。多くの人にとって、靴紐は左右対称に、過不足なく整えられているのが正しい状態であり、もし長さが違えばそれは直すべき不具合だと感じるでしょう。しかし、私にとってこの微かな非対称性は、あらかじめ決められた正解という名のプログラムに揺らぎを与え、自分自身の重心や歩幅に対する感度を極限まで高めるための、極めて高度な感覚的デバッグなのです。右足の方が少しだけ長い余りを持って揺れ、左足はタイトに締め付けられている。その不均等な情報が足裏を通じて脳に伝わるたび、私は自分が「当たり前」だと思い込んでいた歩行という動作の解像度が、劇的に向上していくのを感じるのです。
かつて私は、あらゆる要素を完璧な対称性と効率の中に収めることこそが、優れた組織やシステムの理想形だと信じていました。しかし、独立して多様な価値観が混ざり合う現場に身を置くようになり、こうした意図的な不均衡や「遊び」の中にこそ、変化に強い柔軟な構造が宿ることに気づかされました。全員が同じ方向を向き、同じ歩幅で進むチームは一見美しいですが、予期せぬ段差が現れたとき、一斉に転倒してしまうリスクを孕んでいます。一方で、あえて靴紐の長さを変えるように、個々の個性が異なるリズムで響き合っているチームは、不確定な環境に対しても独自のバランスを見出し、しなやかに適応していくことができるのです。
最近の私は、新しいプロジェクトに取り組むとき、あえて最初から完璧な設計図を描かないようにしています。少しだけ未完成な部分を残し、あえて不ぞろいなリソースを配置してみる。そこから生まれる予測不能な反応や、摩擦を恐れずに観察すること。それは、整然とした論理の世界では決して出会えなかった、全く新しい解決策への扉を開く鍵になります。左右の靴紐が違うからこそ、一歩一歩の踏み込みに意識が宿り、道端に咲く名もなき花の存在や、風の向きの変化に気づくことができる。効率を追求するあまり、私たちは最短距離を走ることばかりに気を取られ、その道中に転がっている本質的な発見の種を、無意識のうちに踏み潰してしまっているのかもしれません。
もし、あなたが今のキャリアや環境に閉塞感を感じているなら、一度自分の「靴紐」をあえて不器用に結び直してみてください。効率や正解という呪縛から自分を解き放ち、その違和感を楽しんでみる。不自由さの中にこそ、あなたにしか見つけられない新しいリズムが隠されています。私は少しだけ左右に揺れる歩調を楽しみながら、今日も新しい出会いの場へと向かいます。完璧ではないからこそ、面白い。揃っていないからこそ、美しい。そんなデタラメな確信を持ち寄って、まだ誰も見たことのない最高のチームを、あなたと一緒に構築していける日を心から楽しみにしています。