四季 × 超・高度な技法──素材と技法が魂へ触れる一年
四季 × 超・高度な技法──素材と技法が魂へ触れる一年
**春──油彩の“グレーズ(グレイジング)”
透明な層を重ねながら、光そのものを取り戻す季節**
春が訪れた頃、
彼女が最初に選んだのは油彩のグレーズだった。
不透明ではなく、
「透明な色の膜」を何層も重ねていく技法。
テレピンの香りがゆっくりと空間に満ち、
薄く希釈したバーントシェンナ、サップグリーン、ローアンバーが、
絹のような透明層となって画面を覆う。
光は色の奥へ沈み、
また深層から静かに返ってくる。
「見えない光が、
層の奥から“戻ってくる”ようで……不思議ですね」
彼女がそう言ったとき、
春の光が静かに彼女の表情にも宿っていた。
春のグレーズは、
心の奥に沈んでいた光を
ゆっくりと掘り起こす作業だった。
透明の層を重ねるごとに、
失われた輪郭が、
ゆるやかに戻ってきた。
**夏──多色刷り版画(木版の“彫り”・“見当合わせ”)
衝動と汗を刻む季節**
夏の到来とともに、
彼女は思い切って多色刷り木版画に挑戦した。
彫刻刀で版木を彫る。
汗ばむ手で紙を押さえ、
一度きりの“決断の彫り”を入れる。
版画は誤魔化しのできない世界だ。
削ったものは戻らない。
彼女はまず黄色の版を彫り、
次に赤、最後に濃紺。
三枚の版木を重ねて刷るために、
正確な「見当合わせ」が必要だった。
ずれれば失敗。
しかしその“リスク”こそが、
夏の衝動と呼応した。
汗が額を伝い、
バレンを押す手に力が入る。
刷り上げた紙をめくった瞬間──
三つの色がぴたりと重なり、
鮮烈な夏の風景が現れた。
「…ズレるかと思ったけど、
色がちゃんと“出会ってくれた”気がします」
夏は、
大胆に踏み出さなければ見えない景色がある。
木版の多色刷りは、
その真実を静かに刻んでいた。
**秋──ミクストメディア
紙片・インク・針金・砂・金属粉…
記憶という名の“層”をつくる季節**
秋になると、
彼女は机いっぱいに素材を広げた。
古い手紙。
破れた地図。
インクで染めた紙片。
ワイヤー、古いボタン、銅粉、砂。
そしてアクリルジェッソとジェルメディウム。
秋は“混ざり合う季節”。
ミクストメディアは、
その混ざり合いをそのまま作品にできる。
紙片を貼り、
インクを垂らし、
金属粉を散らし、
乾く前にジェルで固定する。
時には針金を曲げて立体をつくり、
その影が画面の“続き”になる。
「秋って……
壊れたものや、忘れたものまで
ちゃんと“作品の一部”になる季節なんですね」
そう呟く彼女の指先は、
夏より静かで、
春より確かだった。
ミクストメディアは、
心の層をそのまま貼り合わせていく技法。
過去の断片さえ、
美しい層として積み重なっていった。
**冬──布・木材・自然素材との対話
沈黙を刻む“素材表現”の季節**
冬の教室で、
彼女が選んだのは絵筆ではなく、
布と木材だった。
キャンバスではなく、
無塗装の板に向き合った。
布を裂き、
木材の繊維にそっと押し込む。
冬の乾いた空気が、
絵具よりも“素材”を呼んだのだ。
自然素材は嘘をつかない。
木目は勝手に走り、
布は手の温度を吸い取るように沈む。
さらに彼女は蜜蝋(ビーズワックス)を温め、
布を繊維ごと固める“エンカウスティック(蜜蝋画)”の手法を用いた。
ろうが冷えて固まる音は、
冬の空気に似ていた。
静かで、深く、
どこか包み込むような音だった。
「……静けさって、
こんなふうに形になるんですね」
布と木材は、
何も語らない。
けれど沈黙そのものを抱いている。
冬は、
描くのではなく、
“残す季節”だった。
**そして次の春へ──四季の技法がひとつに集まり、
新しい“私”を描く**
一年がめぐり、
彼女は再び春の光の中に座った。
机の上には、
インク。
透明な油彩。
版木の小片。
ミクストメディアの残りの素材。
布と木の端材。
「今日は……全部を使ってひとつの作品にしたいです」
まずインクで春の兆しを滲ませ、
乾いた上に油彩グレーズを重ね、
版木の欠片をコラージュし、
金属粉と布片で風景の“気配”を作り、
最後に蜜蝋で全体を柔らかく封じた。
四季の技法が
喧嘩せずに響き合い、
一年の記憶を抱く作品が生まれた。
彼女はゆっくりと微笑んだ。
「私の一年は、
この一枚の中に全部あります。」
春の淡い光が
その作品をそっと照らし、
透明な層の奥に
静かな鼓動が見えた。
それは、
一年をかけて再生した
ひとりの心の“芯”だった。