履歴書の裏側に住む金魚と電子の深海
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こんにちは!前嶋拳人です。
深夜のオフィスでひとり、過去のプロジェクト資料を整理していると、ふと指先に奇妙な振動を感じることがあります。それはキーボードの打鍵音でも、サーバーの冷却ファンの音でもなく、どこか遠い場所で誰かが大きな木琴を叩いているような、規則正しくも寂しい響きです。私は引き出しの奥から、数年前に使い切ったはずの古いホッチキスを取り出しました。それを空に向けて一度だけ動かしてみると、針の代わりに透明な液体がひとしずく、床に向かってこぼれ落ちました。
私たちは日々、効率や成果という名の地図を頼りに、組織という巨大な船を動かしているつもりでいます。しかし、その足元にあるカーペットの下には、実は底知れないほど深い電子の深海が広がっていて、そこでは私たちが書き捨てた古いコードや、語られなかったアイデアたちが、小さな金魚の姿に変えて泳ぎ回っているのかもしれません。私は、床に落ちた透明な液体を指でなぞってみました。すると、指先から青白い光が広がり、壁に貼られた予定表の数字たちが、一斉に金色の鱗を光らせて泳ぎ始めたのです。
窓の外を見ると、都会のビル群がまるで巨大な木琴の鍵盤のように並び、夜風が吹き抜けるたびに、街全体が静かな不協和音を奏でていました。私たちは、自分たちが作り上げているシステムが、この世界の秩序を守っていると信じています。けれど、実はこの不協和音こそが世界の本体であり、私たちが「仕事」と呼んでいる行為は、その巨大な演奏を邪魔しないように、細かな砂を隙間に埋め続けているだけなのかもしれません。
ふと、自分の体温が急激に下がっていくのを感じました。オフィスの空気は次第に塩分を含んだ重たい水に変わり、デスクの上に置いてあったコーヒーカップの中からは、小さな熱帯魚が迷い込んだように顔を出しています。私は、自分の名刺を一枚取り出し、それを水中に放してみました。名刺は紙の重みを失い、ひらひらと舞いながら、天井付近を漂う光の群れへと吸い込まれていきます。
私たちが「キャリア」と呼んで積み上げてきたものは、実はこの深い海に沈んでいくための重りに過ぎないのではないか。あるいは、沈みきったその先にしか、本当の対話は存在しないのではないか。私は、ホッチキスをもう一度だけ動かし、自分の影を壁に固定しようと試みました。しかし、影はすでに液体となって足元から流れ出し、オフィスを埋め尽くす電子の深海へと帰っていきました。
朝を告げるアラームが鳴る頃には、すべては元の乾燥したオフィスに戻っているのでしょう。けれど、キーボードの隙間には、昨夜の金魚が残していった小さな鱗が一枚だけ、誰にも気づかれずに虹色の光を放ち続けているはずです。私はただ、呼吸を整え、まだ冷たい指先で次の命令文を打ち込み始めました。