立ち止まれる場所があるという安心
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立ち止まれる場所があるという安心
〜進まなくても、いい場所〜
こんにちは。
沖縄の海でダイビングに携わっている海沼葵衣です。
私たちはいつの間にか、
「前に進むこと」だけを
正解のように感じてしまいます。
頑張ること。
続けること。
止まらないこと。
でも、人生を長く歩いてきて思うのです。
本当に必要なのは、
立ち止まれる場所があるという安心なのではないかと。
立ち止まれる場所は、心をほどく
立ち止まれると分かっているだけで、
人は少しだけ、力を抜くことができます。
「疲れたら、休んでいい」
「無理なら、やめてもいい」
そう思える場所があるからこそ、
人はまた歩き出せる。
安心とは、
何かを得ることではなく、
何もしなくていい選択肢があることなのかもしれません。
海は、止まることを責めない
ダイビングでは、
止まることが自然に許されます。
泳がなくてもいい。
潜らなくてもいい。
今日は見学だけでもいい。
海は、
「どうして?」とは聞きません。
ただ、そこにあり続けます。
その無言の受け入れが、
心を静かにほどいてくれます。
立ち止まることで、見えるものがある
急いでいるときには、
気づけなかった光や、
水の揺れ、
自分の呼吸。
立ち止まると、
世界は少しだけ、
やさしい表情を見せてくれます。
それは、
サボっている時間ではなく、
感じ直している時間。
安心は、「戻れる場所」から生まれる
いつでも戻ってこられる場所がある。
それだけで、
人生は折れにくくなります。
立ち止まれる場所は、
弱さの象徴ではありません。
それは、
長く生きるための知恵であり、
自分を守るためのやさしさです。
おわりに
立ち止まってもいい場所がある。
それは、とても大きな安心です。
頑張れない日も、
前に進めない日も、
そこに戻ればいい。
ダイビングは、
そんな「戻ってこられる場所」を
そっと用意してくれます。
沖縄の海は、
あなたが立ち止まることを、
何ひとつ否定しません。
ただ静かに、
「ここにいていいよ」と、
そう伝えてくれる場所です。