【山本龍星・滋賀】名刺入れが僕にキャリアの未来図を描いてきた朝
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朝、カバンの中から名刺入れを取り出した瞬間、なぜかいつもより重く感じた。中に入れている枚数は昨日と変わらないはずなのに、手のひらに伝わってくる感覚が妙にずっしりしていて、まるで自分のこれから先の選択を黙って見つめているようだった。その静かな存在感に押されるようにして蓋を開けると、名刺たちがこちらを整然と見つめ返してきた。そこに並ぶ名前や肩書きが、自分の行動の軌跡を物語っているようで、不意に胸がざわついた。
名刺とは人に渡すためのものだとばかり思っていたけれど、こうして見つめ続けられる立場になると、むしろこちらが試されている気がしてくる。渡した相手の顔や声が頭の中で蘇り、それぞれの人とのやり取りが名刺の角に染み込んでいるようにすら感じた。名刺入れの中は過去の自分の意思決定の集積であり、小さな歴史が折り重なっている場所だったのだと気付いた瞬間、少しだけ背筋が伸びた。
ふと一枚の名刺を抜き取ると、紙の端がわずかに反っていて、そこに自分の迷いが刻まれているように思えた。その名刺を渡した日の自分は、きっと何かに焦っていて、でも前に行く覚悟だけは持っていて、その曖昧な勢いが端の反りになったのではないか。そんなことを考えていると、自分のキャリアってもっとこういう風に、細かな痕跡の集合でできているんだと気付く。派手なイベントや鮮やかなステップだけが進歩ではなくて、名刺の端に積もる小さな空気の揺れが未来を形づくっているのかもしれない。
名刺入れを眺めながら、今どんな未来を描こうとしているのか、自分に問いかけてみた。誰に渡したいのか、どんな名前と肩書きで向き合っていたいのか、そのイメージがぼんやりと浮かんでは消えていく。その曖昧さこそが今の自分のリアルであり、焦らずにその揺らぎを見続けることが大切なのだと感じた。名刺が語る自分史は、まだ途中の段階で止まっていて、そこから先をどう色づけるかは今日の選択次第だと、名刺入れが静かに教えてくれているようだった。
名刺を元の位置に戻して蓋を閉じると、不思議と手のひらの重さが少し軽くなっていた。重さが消えたのではなく、今日の自分がその重さを受け止められるようになっただけなのだと思う。名刺入れはまた黙ってカバンの中に収まり、けれどその沈黙の奥には、自分を前へ動かすための小さな信号がまだ温かく灯っていた。
名刺入れに未来図を描かれたような気がしたのは、きっと自分の中にある次の一歩がそろそろ輪郭を見せ始めているからだ。どんな未来に向かうとしても、この静かな重さと一緒に歩くのなら、きっと迷っても進んでいける。そんな確信に似た気持ちを抱えながら、朝の空気を吸い込んで仕事に向かった。