古い潜水艦、星座の欠片、銀色の種
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こんにちは!栗山和輝です。
仕事という行為を深掘りしていくと、それは暗い海底を彷徨う古い潜水艦の操縦に似ていることに気づきます。 私たちは計器の針が示す数字だけを信じて、まだ見ぬ目的地へと船体を進めていきます。 外の景色は一切見えず、聞こえてくるのは水圧に耐える鉄板のきしみと、遠くで響くクジラの歌声だけ。 デザインという地図を広げても、そこには海溝の深さや水温の急変までは記されていません。 ビジネスという名の未知の海域では、昨日まで信じていた北極星が突然その位置を変えてしまうことさえあります。 私はかつて、夜空に散らばる星座の欠片を集めて、一つの新しい星を組み立てるようなプロジェクトに関わりました。 バラバラに散らばった人々の願いや企業の理想を繋ぎ合わせ、暗闇の中に光の線を引いていく作業です。 それは単なる配置の変更ではなく、バラバラな光に物語を与えて、観測者の視線を固定するための儀式でした。 しかし、完成した星座を眺めていると、ふとした瞬間に恐ろしい予感が脳裏をよぎります。 もし、この光の繋がりが最初から決められたプログラムだとしたら、私たちの努力にはどんな意味があるのか。 手のひらに握りしめた銀色の種を、いつかどこかの土壌に埋める日が来ることを夢見て私たちは走り続けます。 その種が芽吹いたときに咲く花が、毒を持っているのか、それとも世界を救う香りを持つのかは誰にもわかりません。 効率化という言葉は、私たちの歩幅を一定に揃え、迷う自由を奪い去っていきます。 最短距離で正解に辿り着くことが賞賛される世界で、あえて遠回りをして深海に沈む錆びた碇を眺める時間。 そんな無駄の中にこそ、本当の革新が潜んでいるような気がしてならないのです。 画面の中で動くカーソルの軌跡は、私たちが生きた証としてサーバーの片隅に記録され続けます。 それは数百年後の人類が発掘する、デジタルな化石のようなものかもしれません。 私たちは日々、形のない粘土を捏ねて、明日の朝には消えてしまうかもしれない幻影を構築しています。 その幻影が誰かの生活を便利にするとき、私たちの存在意義は一瞬だけ証明されます。 しかし、その便利さの代償として、私たちは何を差し出しているのでしょうか。 使いやすさを追求するたびに、人間の野生や直感は少しずつ削り取られ、滑らかな球体へと近づいていきます。 摩擦のない世界は心地よいですが、そこでは自分という輪郭を保つことさえ難しくなるでしょう。 銀色の種が私の指の間で微かに震え、冷たい金属の温度を伝えてきます。 この種を植えた瞬間、世界は今とは全く別の色に塗り替えられてしまうのかもしれません。 窓の外では、名前も知らない人工衛星が、静かに夜の帳を切り裂いて飛んでいきました。