こんにちは!石田大顕です。
オフィスにある給湯室で蛇口をひねると、勢いよく流れ出す透明な液体が、実は何億年も前の巨大な氷の塊が溶け出した記憶そのものではないかと感じることがあります。 私たちは毎日、その冷たい記憶で喉を潤し、何事もなかったかのようにデスクに戻って、画面の中の色彩や形を整える作業に没頭しています。 デザインの仕事で情報の優先順位を決めているとき、私は自分の指先が、目に見えない巨大な図書館のインデックスを書き換えているような錯覚に陥ります。 ひとつの文字を右にずらすだけで、誰かの人生の歩幅が数センチ変わり、結果として世界全体の回転速度がほんのわずかに狂ってしまうのではないか。 そんな大それた空想をしながら、手元のスマートフォンを操作すると、指先から微かな静電気が走り、それはまるで遠い異星からの返信を受け取った合図のようです。 ふと足元に目をやると、脱ぎ捨てられた事務用のゼムクリップが、小さな銀色のバイオリンのように光を反射して横たわっていました。 それはかつて重要な書類を束ね、人々の熱意や義務をひとつに繋ぎ止めていたはずですが、役割を終えた今はただ、重力の支配に身を任せて地面に伏せています。 私たちは社会という巨大な磁場の中を、自分の意志で歩いているつもりになっていますが、本当は誰かが鳴らす見えない笛の音に引き寄せられているだけ。 先日、休憩室の窓際に置かれた使い古された角砂糖の箱を見つけましたが、その中身は既に湿気で固まり、ひとつの無機質な彫刻へと姿を変えていました。 私たちが仕事を通じて積み上げている実績も、実はその角砂糖のように、時間の経過とともに甘さを失い、ただの硬い塊として忘れ去られていくのでしょうか。 街を歩けば、人々の歩幅が重なり合い、それはまるで姿の見えない指揮者が振るタクトに従った、終わりのないオーケストラの演奏のように響きます。 誰もが自分の楽器を必死に鳴らしていますが、その音がどこへ届くのか、誰が聴いているのかを、演奏者自身は決して知ることができません。 ふとした拍子に、耳の奥で小さなガラスの破片が砕けるような音がして、私は今自分が何を目指してキーボードを叩いているのかを見失いそうになります。 窓の外を飛んでいるカラスが空中で完全に静止し、街路樹の葉が揺れるのをやめ、時間がゼリーのように固まって私を閉じ込めようとしています。 その静寂の中で、私は自分が一冊の古い物語の中に描かれた、ただの精密な挿絵に過ぎないことを思い出し、少しだけ呼吸を整えました。 しかし、次の瞬間にエレベーターが閉まる乾いた音が響き、世界は再び平然とした顔をして、私を終わりのない日常の中へと引き戻していきます。 私たちは自由な選択を繰り返してここへ辿り着いたと信じて疑いませんが、本当は最初から最後まで、誰かの書いた脚本通りに瞬きを繰り返しているだけ。 今、私が画面を見つめるこの視線の動きさえ、一万年前に既に予約されていた、避けることのできない儀式の一部なのかもしれません。 机の上に置かれた冷めた紅茶の表面に、自分の顔がひどく歪んで映っているのを見つけ、私はそれをゆっくりと指でかき混ぜました。 渦巻く茶葉の影だけが、私が今ここで生きているという、たった一つの、そして最も疑わしい証拠として、グラスの底に沈み続けています。