深皿が映す小惑星帯と自己の不一致
Photo by Richmond Fajardo on Unsplash
こんにちは!石田大顕です。
来週の月曜日、このオフィスに足を踏み入れる人々の多くは、自分が誰の人生を代行しているのか分からなくなるだろう。
予兆は、給湯室の棚に置かれた一枚の深皿から始まった。陶器で作られたその皿の底には、いつの間にか無数の岩石の破片が漂う小惑星帯が出現していた。それは単なる模様ではなく、皿の縁という境界線を越えて、静かに部屋の空気を侵食し始めていた。私がその深皿を手に取った瞬間、指先から伝わってきたのは陶器の滑らかさではなく、何万年も真空にさらされた岩石の、凍りつくような冷たさだった。
この日を境に、社内では自己の不一致という奇妙な現象が蔓延し始めた。会議室で発言している自分の声が、数秒遅れて自分の耳に届く。自分が書いたはずのデザイン案が、他人の筆跡に見える。自分が座っている椅子の感触が、突然、見知らぬ惑星の地表のようにゴツゴツとした感触に変わる。これは心理的な思い込みなどではなく、深皿の中の小惑星帯が、私たちの存在という情報の輪郭を少しずつ削り取っているせいだった。
仕事を進めるほどに、私たちは自分自身の中心から遠ざかっていく。パソコンの画面に映る自分の顔は、深皿の底を漂う小惑星の一つとして、冷たい虚無の中を回転していた。隣のデスクでタイピングを続ける同僚も、実は数光年先の銀河でかつて燃え尽きた星の残像に過ぎないのではないか。そんな疑念が、静かに、しかし確実に現実を塗り替えていく。自己の不一致が臨界点に達したとき、私たちは自分が「働く」という行為を通じて、何を補おうとしていたのかを完全に忘れてしまった。
オフィスビルの窓の外では、街のビル群がゆっくりと深皿の中に吸い込まれていくのが見えた。重力はもはや一定ではなく、書類は天井へと舞い上がり、コーヒーの雫は空中で小惑星の一部となって静止している。私たちは、誰かが用意した巨大な食卓の上で、ただかき混ぜられるだけの具材だったのかもしれない。
もし、あなたが今、自分の手足が自分のものではないような感覚に襲われているなら、近くにある深皿の底を覗き込んでみてほしい。そこには、あなたが昨日まで信じていた世界とは別の、冷たくて美しい、名前のない暗闇が広がっているはずだ。私たちは、自分たちが何者であるかを思い出すための言葉を失い、ただ、漂う岩石の音に耳を澄ませている。
次に誰かがその深皿を洗うとき、私たちの文明という記憶も、冷たい水と共に流されて消えてしまうのだろう。