【崔志遠】履歴書の空白に住み着いた妖精を雇用する方法
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ビジネスの最前線でキャリアを積み上げていると、私たちはいつの間にか履歴書という数枚の紙切れに、自分という人間のすべてを詰め込めると思い込んでしまいます。どの企業に何年いて、どんな成果を上げたのか。そんな記号の羅列が自分の価値を証明すると信じて疑わない。しかし、私は最近、本当に面白い仕事を生み出すのは、その記号と記号の間に存在する、真っ白な空白の部分ではないかと考えるようになりました。
想像してみてください。職歴と職歴の間の、誰も注目しない数ヶ月の空白期間。そこには、あなたが昼下がりに眺めた雲の形や、ふと立ち寄った喫茶店で耳にした隣人の会話、そして何者でもなかった自分への不安と期待が、妖精のようにひっそりと住み着いているのです。最新の知能を開発する現場に身を置いていると、合理性だけで切り捨てられるこうした「余白」にこそ、実は爆発的な創造性の種が隠されていることに気づかされます。
私が以前、ある大規模なプロジェクトで行き詰まったとき、救いになったのは過去の輝かしい実績ではなく、空白期間に没頭していた趣味の盆栽の話でした。植物が育つまでの気の遠くなるような時間を待つ忍耐強さと、予測不能な枝振りを愛でる寛容さ。それは、どれだけ優れたプログラムを組んでも制御できない、現実という名の複雑なビジネスの現場を乗り切るための、何よりの武器になったのです。
これからの組織に必要なのは、完璧な経歴を持つエリートではなく、自分の中にある空白を大切に育て、そこから得た独自の視点を語れる人ではないでしょうか。履歴書に書けない経験、例えば失恋の痛みを知っていることや、旅先で迷子になったときの心細さ、あるいは徹夜でゲームに没頭した熱狂。それらは一見すると業務には無関係に思えますが、実は他者の痛みに共感し、想定外の事態を楽しめる柔軟な強さへと繋がっています。
私はエンジニアとして、常に最短距離で正解に辿り着く論理を組み立てていますが、同時に、あえて寄り道をする心の余裕を持ち続けたいと思っています。空白を恐れて埋めるのではなく、そこに住む妖精たちと対話し、新しいアイデアを形にする。そんな不合理で人間臭いプロセスこそが、今の無機質な社会に温度を吹き込む唯一の方法だと信じているからです。
もしあなたが今、自分のキャリアに空白があることを気に病んでいるのなら、それは幸運なことです。その真っ白なキャンバスには、まだ誰も描いたことのない未来を描くための準備が整っています。私たちは機械ではありません。効率や数字だけで測れない部分にこそ、その人の本質が宿るのです。次に誰かと仕事をするときは、その人の実績だけでなく、その背後に隠された豊かな空白の物語に耳を傾けてみてください。
そこには、既存のビジネスモデルを根底から覆すような、斬新でワクワクするような可能性が眠っているはずです。自分の空白を愛し、他人の余白を尊重する。そんな温かな関係性の中から、私たちは本当の意味で価値のある、新しい時代の働き方を見つけ出すことができるのではないでしょうか。私の物語も、まだまだ書き切れない空白だらけですが、だからこそ明日の仕事が楽しみで仕方がないのです。