「波佐見焼の窯元が、まだFAXを使っている」——その現実から始まったDXの話
「波佐見焼の窯元が、まだFAXを使っている」——その現実から始まったDXの話|Wantedly Story
FAXが現役の産地で気づいたこと
長崎県波佐見町。人口約1万4千人のこの町は、400年以上の歴史を持つ陶磁器産地「波佐見焼」の産地として知られている。
僕がこの町の窯元のDX推進プロジェクト(HASAMI-Next)に関わり始めたとき、真っ先に驚いたのは、今もFAXが現役で動いていたことだ。
取引先からの注文書はFAXで届く。担当者がそれを受け取り、内容を目で確認して、Excelや台帳に手で転記する。1件あたり5〜10分。繁忙期の陶器市シーズン(ゴールデンウィーク)には、この作業が積み重なって転記ミスも起きやすくなる。
「デジタル化すればいい」と言うのは簡単だ。でも、実際には「どうやって?」という壁がある。
「新しいアプリは覚えたくない」——現場の本音
最初に考えたのは、スキャナーで読み取ってシステムに入力する方法だった。でもすぐに気づく。スキャナーという機械を用意して、ソフトの使い方を覚えて、パソコンで操作して……それって結局、窯元のおじさんたちに新しい作業を押しつけるだけじゃないか。
「使う人が操作を変えなくていい設計」を最優先にしよう、と決めた。
その答えがLINEだった。
スマホでFAXの写真を撮る。LINEで送る。それだけ。
作ったもの
技術スタックはシンプルだ。
- LINE Messaging API:ユーザーインターフェース。窯元スタッフはLINEで画像を送るだけ。
- Google Gemini 1.5 Flash:画像から「送信日・送信元・品名・数量・金額」を抽出するAIエンジン。手書き文字やFAXのかすれにも対応するようプロンプトを調整した。
- Notion API:抽出データを構造化してデータベースに自動登録。
- FastAPI + Railway:24時間稼働するサーバー。GitHubにpushするだけで自動デプロイされる。
システム全体の月額運用コストは約700円。窯元側の導入コストはゼロ。
「ノーコードで作れる」という思い込みを捨てた
最初、僕はDifyというノーコードツールでワークフローを組もうとした。GUIで繋いでいくだけで、コードを書かなくても動くはずだった。
でも実際に触ってみると、複数のAPIを繋ぐ処理、変数の参照方法、エラーのデバッグ……ノーコードツールは「シンプルな用途には便利、複雑になると途端に難しくなる」という性質を持っていた。
時間を無駄にするより、Pythonで直接書いた方が早い。そう判断して方針を切り替えた。
ノーコードかコードかではなく、「この課題に何が最適か」で選ぶ。その判断をできたことは、この経験で学んだ大切なことのひとつだ。
AIが書いたコードを「動かす」のは、人間の仕事だった
開発にはAI(Claude)を活用した。コードの大部分はAIが生成している。
でも、AIが書いたコードをそのままコピーしても動かなかった。
環境変数の名前が本番環境と食い違っていてサーバーがクラッシュする。GitHubにうっかり秘密情報をpushしてしまってトークンを即座に再発行する。ダウンロードしたファイルにスペースが混入してgitが認識しない……。
AIはコードを書ける。でも「現場で起きる泥臭い問題」は、人間が判断して解決するしかない。
AIをツールとして使いこなしながら、AIが見落とす現実的な問題を人間の判断で補完する。これが、AI時代のエンジニアリングだと実感した。
Notionの設計で「未来の自分」を意識した
開発中、ひとつ悩んだことがある。
FAXの内容は毎回違う。品目が1つの時も、5つの時もある。日付の書き方も人によって異なる。だったら「伝票ごとにプロパティ(列)を動的に生成する」方が柔軟じゃないか?
でも、考え直した。
3ヶ月後、プロパティが100個以上に増えたデータベースで、「今月の売上合計を出して」と言われたとき、どうなるか。集計できない。検索できない。データベースとして機能しなくなる。
「今便利」より「3ヶ月後も使える」を優先した。固定スキーマ+生データ欄(Geminiが出力したJSON全文を保存)のハイブリッド設計を採用することで、想定外の情報も失われないようにした。
システムを作るのは今日だが、使われるのは未来だ。その視点を忘れないことが、設計判断の根本にある。
今、窯元に持ち込もうとしている
現在、山口正右衛門窯・一龍陶苑という波佐見焼を代表する窯元へのコネクションを活かして、陶器市(GW)前後に導入提案を進めている。
まず「実際に使ってみてもらう」。それが全てだと思っている。
技術的に動くことは確認した。でも、現場で本当に使われなければ意味がない。使ってもらって、フィードバックをもらって、改善する。そのサイクルを回すことが、本当のゴールだ。
伝統産業とテクノロジーの接点に立つ
なぜ波佐見焼のDXに取り組んでいるのか、と聞かれることがある。
答えは単純だ。「課題がそこにあったから」。
400年の歴史を持つ産業が、FAXと手書き転記で動いている。その現実を変えられるかもしれない技術が、今ある。繋げてみよう、と思った。
地域の産業を支えるシステムを、学生のうちに本番環境で動かせた経験は、自分の中で大きな自信になっている。
コードはGitHubに公開している。
👉 https://github.com/FORTUNE784/hasami-dx
このストーリーは現在進行形です。窯元への導入結果は、続編として報告する予定です。