【日中】なぜアーティストの私が、「商学」という道具を手にしたのか
私は、感覚的な表現を社会の中で機能させることを目指し、商学を学びました。
アートの「居場所」を、現実の構造の中に見つけるためです。
言葉や単一のメディアでは捉えきれない感覚——光の震え、肌の温度、音のざらつき、そして日々のルーチンに覆い隠された繊細なフィーリング。
制作活動を続ける中で、こうした感覚は、適切な文脈や支えがなければ、社会の中で簡単に失われてしまうことにも気づきました。
アートの価値は、個々の感覚や経験が他者と共有され、「共感」として繋がる点にあると考えています。
この「共感」は個々人の生命体験に基づくものですが、現代社会では効率や安全性の中で、それらが可視化されにくい構造も存在します。
商学を通じて、価値を構造化し、コンセプトとして整理して他者に伝達するための論理を学びました。ビジネスは効率や合理性を重視する側面を持ちながらも、それらを共有するための共通言語でもあります。
この「言語」を用いることで、感覚的で沈黙しているアート表現の価値を、他者が理解可能な形へと訳すことができると考えています。
現在は、視覚表現を軸に、小規模なコンセプト設計やビジュアル企画として社会と接続する試みを始めています。個々の感覚や経験が失われることなく、他者と共有されるための「橋」を構築できるように、努力を重ねていきたいです。
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中国語原文:
在这个世界上,有很多美而脆弱的东西。
在成为一名画家之前,我就习惯于观察那些无法被单一的媒介捕捉的瞬间:光影的颤动、身体的温度、触觉的粗糙或是细腻,以及被生活掩盖的细微的情绪。或许是因为自己多元的留学生身份本就不易被归类,这赋予了我感受的复杂性。与此同时,我发现,在现在的社会里,如果这些感受没有一层保护壳,它们很容易在冰冷的商业规则面前变得无力,甚至很容易就消失了。
我选择学习商学,并不是为了让自己变成一个成功的商人,而是为了给艺术寻找“归宿(居場所)”。
商业逻辑在很多人看来是排他的、是追求效率的,甚至很多时候是残酷的。但不得不承认的是,它是一套全球通用的“语言”。如果我掌握了这套语言,我就能像翻译员一样,把那些沉默的艺术价值翻译成哪怕是残酷的社会规则也能听懂的样子。
我所理解的艺术的价值,在于让相似的灵魂在不同境遇或是时机下获得共感。人的社会性一方面要求了个体的合群,同时也折射出每个个体深处无法消解的生命之孤独。
社会让每个个体为了安全或是效率,自觉地修剪那些不主流的个性的部分,这让我们在享受生活便捷的时候,灵魂却难以自由。但是个体生命的本质在于追求原生的那些生命体验。
大学学习商学的经历,让我从一个较为粗略的角度理解了这个社会的规则——为了降低个体的生存难度而如何通过集体的协作形成完备的系统、又有序地维持运转,但是到了现在,商学不应该仅仅停留在这里。
我并不不想做一个在象牙塔里孤芳自赏的人。而是希望通过商学这个工具,基于现实社会的规则,为每个人自由的灵魂建造一座可以通向自己生命体验的桥梁。