地域観光の動画を、単なる「編集の良し悪し」ではなく、目的、対象者、出演者、配信チャンネル、予約導線、公開後の運用まで含めて分析しました。
地方の情報発信に必要な企画設計を、一つの事例から考えます。
以前、花火大会の動画を分析した際、こんな疑問を投げかけた。
40分以上にわたり、ほとんど空だけを映し続ける動画を、いったい誰に最後まで見てもらうつもりなのだろうか。
最近、ある地方都市の観光協会が公開した、釣りをテーマにしたPR動画を見つけた。
動画の長さは約21分。プロアングラーの山口美咲さんが出演している。2026年7月27日時点で、再生回数は約1万回だった。
最初に浮かんだのは、こんな疑問だった。
プロを起用し、20分を超える動画を制作して、最終的に1万回再生。
これは失敗なのだろうか。
しかし、詳しく調べていくと、この判断は少し早すぎることが分かった。
1万回再生は、絶対数だけでは評価できない
まず、今回出演している山口美咲さんは、同姓同名の競泳選手ではない。
Shimanoのフィールドテスターとして、長年磯釣りに取り組み、年間100日以上釣行する、釣り分野の専門家である。
一方、動画を公開した公式チャンネルの登録者数は、約444人だった。
動画の再生回数は登録者数の約23倍。直近30本の投稿のなかでも上位に入っている。
公式チャンネル自体の規模を基準にすれば、1万回再生は決して悪い数字ではない。
また、動画内で紹介されたキャンペーンも、約2,000組分の枠が完売している。
もちろん、予約がこの動画によって生まれたとは証明できない。
しかし、再生回数だけを見て、動画やキャンペーンそのものを「失敗」と断定することもできない。
ここには、陥りやすい一つ目の思考の落とし穴がある。
「専門家を起用したのに1万回しか再生されていない」と、一般的なエンタメ動画の基準だけで成否を判断してしまうことだ。
1万回という数字が十分だったかどうかは、そもそもこのプロジェクトが、何を達成しようとしていたのかによって変わる。
1本の動画に、三つの役割を求めていないか
観光PRとしての釣り動画には、大きく分けて三つの目的が考えられる。
一つ目は、コアな釣りファンに情報を届けることだ。
この層が知りたいのは、釣り場、潮の状況、魚種、釣り方、道具、現場での判断である。
そのため、プロアングラーを起用し、釣りの過程を長めに見せる専門的な動画でも成立する。
二つ目は、期間限定キャンペーンの予約につなげることだ。
この場合に重要なのは、特典内容、参加方法、開催期間、そして分かりやすい予約導線である。
必ずしも大きな自然流入を獲得する必要はないが、視聴者を具体的な行動につなげなければならない。
三つ目は、普段あまり釣りをしない人にも見てもらい、地域そのものの認知を広げることだ。
この場合、より明確な目標、展開、変化、結果への期待が必要になる。
今回の動画は、主に一つ目の形式で作られている。
プロアングラーが出演し、実際の釣行を比較的丁寧に見せる内容だ。
同時に、動画の最後では二つ目の役割も担っている。期間限定の宿泊キャンペーンへ誘導しているからだ。
さらに三つ目の役割まで期待し、釣りに詳しくない人にも広く届けたいのであれば、現在の企画と配信設計だけでは難しい。
問題は、単純に「動画が長すぎる」ことではない。
異なる三つの役割を、一つのコンテンツ形式にまとめて背負わせていることにある。

1本の動画に、三つの役割を求めていないか
問題は20分という長さではなく、20分の間に何が起きるか
中国語圏で活動するクリエイター「Yooupi食途」が公開した、イカ釣りの動画も約17分ある。
決して短い動画ではない。
その構成を整理すると、おおよそ次のようになる。
結果の先出し
→ 3日間のチャレンジ開始
→ 最初の失敗
→ 場所や条件の変更
→ 再挑戦
→ 釣果
→ 食材の処理
→ 調理
→ 実食
視聴者が待っているのは、単に「いつ魚が釣れるのか」だけではない。
動画が進むたびに、場所、条件、目標、行動、画面に映るものが変わっていく。
釣りに詳しくない人でも、チャレンジが今どの段階にあり、最後にどのような結果が待っているのかを理解できる。
ただし、ここには二つ目の思考の落とし穴がある。
Yooupiの動画と地方観光協会の公式動画を、再生回数の絶対値だけで比較してはいけない。
Yooupiにはすでに成熟したコンテンツの型があり、YouTubeだけでも数十万人の登録者がいる。
中国の動画プラットフォームBilibiliでは、さらに多くの視聴者を抱えている。
Yooupi食途 Hi大家好,我是Yooupi,本频道内容主要在海外赶海,捡垃圾反浪费,各种海外农村风貌美食等等,它们是有趣的,我在其中也能 www.youtube.com
言語、プラットフォーム、対象市場、チャンネルの基礎体力がまったく異なる。
参考にできるのは、動画を一つの「出来事」として構成する方法であって、再生回数の絶対値ではない。
比較の目的は、成熟したクリエイターの数字を使って、地方の公式アカウントを批判することではない。
考えるべきなのは、次の違いだ。
同じ20分前後の動画でも、なぜ一方は「ずっと待っている」と感じ、もう一方は「一つの出来事が進んでいる」と感じるのか。

20分の「長さ」より、20分の「変化」
「専門家に出演してもらうこと」と「クリエイターの発信力を活用すること」は違う
北九州市は過去に、釣り系クリエイター「釣りよかでしょう。」とコラボレーションしている。
この事例では、クリエイターを自治体のPR動画に出演させただけではない。
クリエイターが牡蠣の産地を訪れ、収穫現場を見学し、牡蠣の磨き作業を体験する。
その後、焼き牡蠣、牡蠣飯、牡蠣鍋などを味わう。
そして完成した動画は、クリエイター自身のチャンネルで公開された。
北九州市の発表によれば、動画は公開から5日で40万回再生を超えた。
2026年7月27日時点では、約346万回再生されている。
ただし、この数字も今回の動画と直接比較することはできない。
動画が公開されたのは2017年であり、「釣りよかでしょう。」は現在約175万人の登録者を持つ。制作環境、公開時期、チャンネル規模のすべてが異なる。
この事例を地方観光動画の再生目標にすることはできないし、「釣り+料理」の形をまねれば、必ず100万回再生されるわけでもない。
それでも、比較できる部分はある。
地域がクリエイターを単なる出演者として呼ぶのではなく、地域資源そのものをクリエイターの視点で企画し直してもらい、完成したコンテンツを、その人がすでに持っている視聴者へ届けるという仕組みだ。
プロアングラーが主に提供するのは、専門性と信頼性である。
一方、成熟したクリエイターは、コンテンツの構成、見せ方、語り方、そして既存の視聴者への入口まで提供できる可能性がある。
たとえ有名なクリエイターに出演してもらっても、完成した動画を登録者数が数百人の公式チャンネルだけで公開するのであれば、得られるのは主に「出演」の価値である。
その人が持つ視聴者にまで、自動的に届くわけではない。
「人を呼んで撮影すること」と、「クリエイターと共同で企画し、その人のチャンネルから配信すること」は、まったく異なるプロジェクト設計である。

出演と、共創・配信は別の設計
既存の動画を低コストで改善するなら
追加撮影をせず、現在の素材だけを使うのであれば、まず次のような改善が考えられる。
- 冒頭で、その日の目標、狙う魚、結果への期待を明確にする。
- 長い人物紹介や、似た待ち時間の映像を圧縮する。難しい場合でも、チャプターを追加する。
- 「アタリの回数」「条件の変化」「残り時間」「最後のチャンス」など、現在の状況を共通の表示形式で伝える。
- 釣果が出た直後に、地域で体験できる内容を短く紹介する。案内をすべて動画の最後に集めない。
- 既存素材から30~60秒の短い入口動画を制作し、長編動画へ誘導する。
こうした調整によって、視聴者は動画を見ながら、
今、何を待っているのか。
何が変わったのか。
結果まで、あとどれくらいなのか。
この三つを理解しやすくなる。
ただし、これらは動画の完成度の下限を引き上げる方法にすぎない。
既存の素材にない料理、地域の人との交流、体験の変化、結果の先にある楽しさは、字幕や編集だけで新しく作り出すことはできない。
画面で起きている出来事そのものが変わらなければ、どれほど字幕や構成を工夫しても、コンテンツの上限を無限に高めることはできない。
企画をやり直すなら、撮影前から考える
目的がコアな釣りファンへの情報提供であれば、プロアングラーによる長編の釣行動画を続けてもよい。
ただし、より専門的な情報を強化し、釣りに関心のある視聴者がすでに集まっている専門チャンネルで公開する方が合理的だろう。
一方、目的が地域の観光認知を広げることであれば、一般の旅行者にも理解できる「一つの出来事」から設計する必要がある。
目標を設定する
→ 漁業権や採捕ルールを守って釣る
→ 失敗や条件の変化が起きる
→ 釣果を得る
→ 地域の人と一緒に魚をさばく
→ 調理して食べる
→ 宿泊や体験予約につなげる
この地域にはすでに、ガイド付きの釣り体験、釣った魚を処理して食べる体験、カツオの藁焼き体験など、撮影に活用できる観光資源がある。
海外の「磯遊び+料理」動画を、そのまままねする必要はない。
地域の漁業権や採捕ルールを無視してもいけない。
日本国内の旅行者に届けたいのであれば、日本の釣り、海鮮料理、アウトドア分野と相性のよいクリエイターを選ぶ。
中国語圏からの訪日旅行者が対象なら、Yooupiのように中国語の視聴者を持つクリエイターを候補にできる。
重要なのは、フォロワー数だけで選ばないことだ。
視聴者が暮らす地域、普段のコンテンツ、連携の方法、そして完成した動画をどこで公開するのかまで確認する必要がある。
動画は、公開したら終わりではない
今回紹介されたキャンペーンは、2026年2月に終了している。
しかし、2026年7月27日時点で、動画タイトルには現在も「開催中」と書かれている。
これは、単にタイトルの数文字を直せば終わる問題ではない。
コンテンツのライフサイクルが、事前に設計されていなかったことを示している。
期間限定の広告動画であれば、キャンペーン終了後にタイトル、概要欄、予約リンクを更新する必要がある。
長期間YouTubeに残すのであれば、地域の釣り体験を継続的に紹介する観光コンテンツへ作り替えるべきだろう。
キャンペーンが終了した後でも、視聴者が地域の楽しさや、実際に訪れる価値を感じられる状態にする。
すでに閉じた入口に、「開催中」の札だけが掛かったままになっている状態は避けなければならない。
YouTubeの動画は、公開から数年後に検索されることもある。
だからこそ、公開はプロジェクトの終点ではない。
誰が開催状況を更新するのか。
誰がリンクを差し替えるのか。
誰が再編集し、ShortsやSNSへ二次展開するのか。
こうした運用まで、企画段階で決めておく必要がある。

編集で下限を上げ、企画で上限を変える
本当に必要なのは、「動画を編集できる人」だけではない
この動画を分析した目的は、「20分の動画を短く編集すれば解決する」と主張することではない。
実際の仕事として考えるなら、撮影前に少なくとも次の質問へ答えなければならない。
- この動画は、誰に届けるのか。
- 再生数、予約、長期的な地域認知のうち、何を成果とするのか。
- なぜ、この出演者を選ぶのか。
- 出演者は出演だけを担当するのか。企画や配信にも関わるのか。
- 長編動画、短編動画、Shortsは、それぞれどの役割を担うのか。
- 釣り、撮影、素材利用には、どのような制限があるのか。
- キャンペーン終了後、誰がコンテンツを維持するのか。
地域観光やSNS運用の仕事で必要とされるのは、撮影や編集ができる人だけではない。
目的、対象者、コンテンツ、出演者、配信チャンネル、法的な制限、予約への導線、公開後の運用。
これらを一つの設計としてつなげられる人が必要になる。
長い動画であること自体が問題なのではない。
待つ場面があることも問題ではない。
プロアングラーを起用したことは、もちろん問題ではない。
動画の上限を本当に決めてしまうのは、撮影前に「この動画で何を達成するのか」が決まっていないことだ。
※本文中の再生回数・登録者数は、2026年7月27日時点の概数です。
#地方創生 #観光PR #行政広報 #SNS運用 #YouTube運用 #コンテンツ企画