第2回
弟の夢のために選んだフリーター。そして、想像もしなかった人生の転機
こんにちは、加納です。前回は、得意な文系を選ばず、あえて高いハードルである「医学部受験」に挑んだ高校時代の選択についてお話ししました。
そんな私が、なぜ受験の道から一度離れ、フリーター、そして現在のITの世界へと進むことになったのか。今回は、私の人生を大きく変えた家族とのエピソードをお話しします。
■ 「芸能界は若さが命」弟の夢を背負って選んだ道
私が医学部を目指して浪人生活を送っていた頃、2歳下の弟が高校2年生からベースを始め、「音楽の道に進むために、東京の専門学校へ行きたい」という夢を抱くようになりました。
医学部を目指す予備校には、老若男女さまざまな年齢の受験生がいました。「挑戦するのに年齢は関係ない」と肌で知っていた私は、ふと思ったのです。 「でも、芸能や音楽の世界は、きっと若さやタイミングが何よりも大事になる」
そう考えた私は、姉として「まずは弟の夢を全力で応援しよう。私が受験生に戻るのは、弟の仕事が軌道に乗ってからでいい」と心に決めました。
家にお金を入れるため、私は一度ペンを置き、フリーターの道を選びます。正社員ではなくあえてアルバイトを選んだのは、弟が独り立ちしたら「すぐにでも受験生に戻る」という強い覚悟があったからでした。
■ 動き出した時計と、突然訪れた母との別れ
アルバイト生活では、大好きなコミックの販売に携わるなど、楽しい経験もたくさんできました。 そこから数年が経ち、そろそろ自分の夢(受験)に戻ろうと決意。勉強時間を確保するために、まずは地元の企業にパートとして入社し、時短勤務をしながら受験勉強を再開しようと動き出した矢先、さらなる転機が訪れます。
母親が病に倒れてしまったのです。
そこからは勉強どころではなくなり、必死に看病を続ける日々が始まりました。しかし願いも虚しく、母は旅立ち、私はひとりになりました。
母を亡くした喪失感の中で、私はこれからの人生について深く考えました。年齢的な意味で、今から再び大学(医学部)を目指すのが現実的だろうか。そして何より、母の闘病を一番近くで見届けたからこそ、自分が「病院」という場所に立つのは心理的にあまりにも苦しい、という現実に直面したのです。
■ 持て余した情熱の、新しい行き先を探して
ずっと追いかけていた北極星を見失い、ぽっかりと穴が空いたような時期もありました。
パートでの事務仕事も経験しましたが、毎日同じことの繰り返しになりがちなルーティンワークは、どうも自分の性分には合っていないようでした。 「私は、お医者さんを目指していたくらい、勉強することや頭を使うことが大好きなんだ」
自分の内側にある、まだどこにもぶつけていない、持て余した大きな情熱。これを全力で注げる、もっと頭を使う仕事に挑戦したい。
ここから私の、新しい「情熱の行き先」を探す大冒険が始まりました。業界を一切絞らず、あらゆる世界を覗きに行く中で、私は運命的に「IT」という未知の宇宙へと足を踏み入れることになります。