これまで私は、日本語教育、人材育成、接客、海外研修など、様々な現場で働いてきました。
当時は、「人に興味がある人」だと思っていました。
でも振り返ると、ずっと同じものを探していたことに気づきました。
それは、安心して存在できる生活の条件です。
高校生の頃は、歌を歌ったりバンドのマネージャーとしてライブハウスや遠征先を回っていました。
社会人になってからは、熱海を拠点に国内外(岐阜県・横浜市・韓国・スリランカ・ブラジル)で生活し、京都で日本語教師として働くようになりました。
その後も、ホーチミン、大分県竹田市など、さまざまな土地で暮らしてきました。
当時は、「旅・移動が好きなのだ」と思っていました。
でも最近、そうではなかったと気づきました。
私は、外へ出たかったのではありません。
その土地で人がどのように暮らし、どんな条件があると自然に笑い、働き、休み、また明日を迎えられるのか。
そんな生活そのものを見ていたのです。
ホーチミンでは、日本人宿で少しだけ役割を持ちながら滞在しました。
朝は仕事をし、午後は街を歩き、夜は出会った旅友と食卓を囲む。
そこには、「ゲスト」でも「住み込みスタッフ」でもなく、一人の生活者としてその場にいる感覚がありました。
竹田では、地域の人と日常を過ごす中で、「暮らしは場所ではなく、条件によって育つものなのかもしれない」と感じました。
最近では、自分がお店を選ぶ基準にも、その視点が表れていることに気づきました。
料理のおいしさだけではありません。
店主との距離感。
空間の静けさ。
流れる音楽。
お客さん同士の雰囲気。
「放っておいてもらえる安心感」。
そうした条件が重なると、私は自然と「また来たい」と思っていました。
つまり私が見ていたのは、サービスではなく、「人が安心して存在できる条件」だったのです。
現在は通信制大学で社会学を学びながら、
「季節とともに暮らしたら、人や生活に何が起きるのか」
をテーマに、小さな生活実験を続けています。
季節ごとに土地を変え、暮らしを育て直し、その中で生まれる身体の感覚や、人との関わり方、生活のリズムを観察しています。
将来的には、UXリサーチや定性調査、コミュニティリサーチ、社内インタビューなど、人や組織を深く理解する仕事に携わりたいと考えています。
私が観察したいのは、「何を言ったか」ではありません。
その言葉が、どんな生活や関係性の中から生まれたのか。
どんな条件があると、人は自分らしく判断し、生活を営めるのか。
生活をフィールドとして、人・土地・組織を観察し、その気づきを社会へ返していく。
それが、これから私が育てていきたい仕事です。