以前の私は、「仕事」と「生活」を別々に考えていました。
仕事で経験を積み、休日に旅へ出る。
旅は気分転換であり、生活は仕事を続けるための土台。
そんなふうに思っていました。
でも、この一年でその考え方は大きく変わりました。
ある日ふと気づいたのです。
私は旅先で「観光」をしていませんでした。
市場へ行く。
スーパーで買い物をする。
コインランドリーに行く。
喫茶店で仕事をする。
夕方になると近所を歩く。
「この土地では、どんな時間が流れているんだろう。」
そんなことばかり見ていました。
ホーチミンでは、日本人宿で少しだけ役割を持ちながら生活しました。
竹田から長湯温泉へ行った際は、案内所で「人気の温泉」ではなく、
「静かで、梁が見えて、休憩できる場所」
という条件だけを伝えて温泉を選んでもらいました。
福岡県へ戻ってからは、
「どのカレー屋がおすすめですか?」ではなく、
「放っておいてくれる。」「店主との距離感。」「人の流れ。」「音楽。」
そんな条件でお店を選んでいる自分に気づきました。
私は場所を探していたのではありません。
条件を見ていたのです。
そして、その条件が変わると、人の表情も、判断も、安心感も、
生活そのものも変わることに興味を持つようになりました。
だから最近は、季節ごとに生活を少しずつ編み直しながら、
その土地で生活者として過ごし、自分自身も観察対象にしています。
春。夏。秋。冬。
土地が変わると、
身体の反応も、人との距離も、
生活時間も変わります。
その変化を記録し、他の人の語りと照らし合わせる。
そこで初めて、
「人はどんな条件があると、自分らしく生活を営めるのか。」
という問いが少しずつ形になってきました。
私は研究者になりたいわけではありません。
けれど、
生活の中から問いを見つけ、対話を通して深め、
社会へ返していく。
そんな実践は続けたいと思っています。
だから今の私にとって生活は、仕事の外側ではありません。
生活そのものが、研究室であり、フィールドであり、
未来の仕事につながる一次情報になっています。