桑畑萌花|note
🌱2027年春 独立に向けての記録 Instagram ⇢ @flomea.202609
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成績学年1位
規則遵守の学級委員
授業にも行事にも真面目に取り組み
小中高12年間 無遅刻 無欠席
私は一点の曇りもない、まさに“優等生”でした。
だからこそ、その後の人生を誰も予想できなかったのです。
私は、平成12年、宮崎県宮崎市で生まれました。
初代プ〇キュア、ぴ〇ぴちピッチ、
き〇りん☆レ〇リューション…
強くて可愛い女の子に憧れ、
毎日、テレビ画面にかじりつきながら見ていました。
主題歌を覚え、マイクラムネを握りしめて、
ヒロインになりきって歌っていました。
どこにでもいる普通の女の子です。
母からは、「手のかからない子」だと言われて育ちました。
大人しく、一度言われたことはその通りにできました。
「宿題しなさい!」とか「早く起きなさい!」とか
そういう事で怒られた記憶はありません。
15歳の春
成績優秀だった私は、
地元トップの進学校へ入学しました。
目的は、行きたい大学ではありません。
「トップ校に通っている自分」
その肩書きでした。
私は、その中でも特進クラスに入りました。
旧帝大、早慶上理、国立大学を目指すクラスメイト達。
日々休みなく勉学に励む中、
段々と周囲との温度差を
感じずにはいられなくなります。
登校すると、誰もがすぐ机に向かう。
昼休みも参考書を開き、
放課後も教室には勉強する生徒が残る。
私はというと、
“馴染むため”に買った参考書を、
ただ開いているだけでした。
ページをめくるたび、
「自分だけ中身が空っぽだ」
そんな感覚になります。
医者。
教師。
薬剤師。
将来の話をするクラスメイトの輪の中で、
自分だけ何も言えなかったのです…
私は、「トップ校の生徒」であることだけが
目的でした。
そこから先が、見つかりませんでした。
大学受験当日。
試験開始の合図が鳴る。
一斉に鉛筆が走る。
私は、答案用紙を見つめたまま
動けませんでした。
“これを解けば、みんなと同じ未来へ進める。”
そう、思いました。
でも、
それでいいの?
本当に?
私はその日、
“レールの上を歩く人生”
を降りました。
テストの答えは知っていました。
でも、
人生の答えだけは、
誰も教えてくれませんでした。
SNSには、
サークル、学園祭、新しい友人との
写真が並んでいた。
同級生たちが、
それぞれ新しい道を歩み始める頃。
かつて、誰もが
「この子なら大丈夫」と信じていた優等生は、
今日を生きるためだけに働く
フリーターになっていました。
朝からカフェでドリンクを作る。
夕方は雑貨店でレジに立つ。
気付けば一日が終わり、
同じ朝が来る。
一週間前も、
一か月前も、
一年前も、
同じ毎日だった。
………
これ、いつまで続くんだ。。
当時20歳。
未来の予定は、
バイトのシフトだけだった。
“何か変えないと”
“このまま終わってしまう。”
すがる思いでいくつかの会社に応募し、
ご縁を頂いたのが、今お世話になっている会社です。
あの日、
「少し話を聞いてみよう」
そんな軽い気持ちで押した応募ボタンが、
私の人生を、
根本から変えることになるとは、
思ってもいませんでした。
あの頃の私は、
まだ知りませんでした。
人生には、
“正解”ではなく、
“自分で選ぶ答え”
があることを。
to be continued...
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