提案書を作ること自体は、正直、そこまで難しくない。
現状を分析して、課題を並べて、打ち手を書く。体裁を整えれば、それらしいものは出来上がる。表紙をつけて製本すれば、なおさら立派に見える。
ただ、それを納品して帰るのは、自分の中では仕事のうちに入っていない。
きれいな提案書ほど、引き出しに入る
これは皮肉ではなく、構造の話だと思っている。
提案を書いた側が、そのあとの現場にいない。だから、誰がやるのか、いつやるのか、既にある業務とどちらを先にするのかが決まらない。決まらないものは、忙しい会社では後回しになる。当たり前だ。自分が受け取る側でも、たぶん後回しにする。
そして数ヶ月後、「あの計画どうなりました」と聞かれて、気まずい沈黙が流れる。あの沈黙が、いちばんもったいないと思っている。
だから月次の会議に入る
提案を出して終わりにせず、毎月の会議に入って、決めたことが進んでいるかを一つずつ確認する。進んでいなければ、その場で理由を潰す。
ここは厳しくやる。「今月は忙しくて」で流さない。忙しいのは来月も再来月も同じだからだ。忙しくても進む形になっていなかった、という設計の話に戻す。
進まないのは、意志の問題ではないことが多い
厳しく詰めると言ったが、責める話ではない。
実行されない計画は、たいてい設計が悪い。担当が決まっていない、粒度が大きすぎて着手できない、他の業務と時間が競合している、そもそも判断材料がその時点で揃わない。そういう理由で止まっている。
それは、計画を書いた側の責任だと思っている。だから止まっていたら、詰めたあとに一緒に組み直す。粒度を落とす、順番を入れ替える、いったん捨てる。捨てるのも立派な打ち手だ。
おわりに
提案書の厚さではなく、実際に動いた数で評価されたいと思っている。
そのぶん、提案する前にかなり細かく聞きます。しつこいと思われている自覚はあります。あります。だいぶあります。