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自己紹介インタビュー

100万人に潜む、大動脈弁狭窄症のリスク

日本に100万人もの潜在患者がいると言われている大動脈弁狭窄症。心臓の大動脈弁が硬化し、血液が流れにくくなる病気であり、症状が進行していくと心不全や突然死を引き起こす。特に高齢者に多い病気であり、超高齢社会を迎える日本にとって無視できない課題だ。

AMIの開発する「超聴診器」(正式名称は各種バイタルサイン計測機能搭載 大動脈弁狭窄症自動検出機能付遠隔医療対応聴診器)は、胸に当てて心音や心電を分析し、わずか数秒で大動脈弁狭窄症の兆候を診断できる装置だ。2017年10月にNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究開発型ベンチャー支援事業に採択されており、医療機器認証取得、大規模他施設臨床研究、さらに超聴診器を使った遠隔医療の実証プロジェクトもまもなく始まd

聴診器に200年ぶりの進化を

小川氏は熊本県出身の循環器内科医であり、現在も週1日は病院に勤務している。超聴診器のアイデアは、臨床現場から生まれた。

「済生会熊本病院勤務時代に『経カテーテル大動脈弁留置術』という大動脈弁狭窄症の新しい治療を間近で経験したことがきっかけです。この病気は軽症では自覚症状が出にくいのですが、重症では心不全や突然死のリスクが非常に高くなります。超音波やカテーテルによる検査法は存在しますが、まずは聴診によるスクリーニングが肝心。しかし聴診は医師の個人差が大きく、誰でも大動脈弁狭窄症の兆候を捉えられる訳ではありません。医師の診断をアシストできる聴診器が必要だと考えました」

聴診器は200年前から基本構造が変わっていないという。電子聴診器も存在するが、あくまでも生体音を大きくしたり録音をするためのもので、診断アシスト機能はない。心音をデータ化し分析するアイデアは過去にもあり、論文も発表されているが、実臨床に耐えうる機器は存在しない。患者の呼吸音や病院内の生活音などのノイズを判別することが難しかったからだ。

AMIの超聴診器は、心電を測定するための3つの電極と、心音を録音する集音装置で構成される。心筋活動電位の発生タイミングとデジタル化された聴診音を合成し、独自の数理モデル型アルゴリズムを用いた音響情報識別技術で処理することで、大動脈弁狭窄症のリスクを判別する。

超聴診器は、普通の聴診器では発見できない病気も見つけられるのだろうか。「そうではない」と小川氏は言う。「よく、『聴診は人手でできるじゃないか』と言われますが、正にそのとおりです。しかし、人手を自動化・効率化することに価値があるのです。わかりやすい例が血圧計です。水銀血圧計から自動血圧計に置き換わったことで、外来の動線がスムーズになり、医師や看護師が血圧測定に要した時間を問診や診察などに費やすことが出来るようになり、医療の質が上がりました。聴診器も、医療従事者の経験や環境に左右されず、いつでも平均的な診療ができる機器に進化すべきです」

経営者としてスタート

小川氏は京都大学大学院医学研究科に研究生として在籍していた2015年11月にAMIをたった1人で起業し、医師と経営者の二足のわらじを履くようになった。しかし、超聴診器のアイデアは持っていても、医療機器開発に関しては全くの素人。見よう見まねでプロトタイプを作っても、当然うまくいかなかった。

ブレイクスルーは、医用電子工学のスペシャリストである熊本大学の山川俊貴助教との出会い。「論文を調べてFacebook経由で連絡をとり、研究室を訪問しました。私の構想に共感してくれて、大学の業務外で、かなりの時間をボランティアで使って頂きました。彼の協力がなければ超聴診器は開発不可能でした。」

医師の起業というと潤沢な貯金・資金を持っているイメージが強いが、小川氏は「若手医師は本当に貧乏ですよ」と笑う。

「医療機器開発には数千万円~数億円の資金が必要です。知財を持っている大学発ベンチャーではないので、資金調達には苦労しました。最初の2年間は補助金をもらうこともなく、何度も貯金が尽きました。大学院時代の冬休みには、非常勤医師として1週間で百五十時間アルバイトをし、開発資金や特許出願費を捻出しました」

開発や病院勤務の合間を縫って、ピッチイベントにも積極的に参加。2016年度熊本テックプラングランプリでの入賞をきっかけに、本社を京都から熊本に移転した。この他、2016年にはオムロン、2017年にはKDDIのアクセラレータプログラムで最優秀賞を獲得。徐々に知名度を高めつつ、2年以上かけてプロトタイプとビジネスモデルの完成度を高めていった。

現在は臨床試験が始まった段階だが、商品化は2つのパターンを予定している。まず、診断アシスト機能を備えた医療機器としての超聴診器は、大学病院などでの1,000人規模の臨床試験を経て、3年後をめどに発売する方針だ。一方、「医療機器認証取得に先駆けて、"心電と心音をデータ化・ビジュアル化できる便利なツール"としては2019年中に発売したいと考えています」という。

将来的には、呼吸や血圧、酸素飽和度などのバイタルデータも計測する機能を追加し、大動脈弁狭窄症以外の心疾患や呼吸器疾患にも対応できるよう、超聴診器を進化させていく。


小川氏は熊本地震で医療ボランティアを経験


これまで開発した超聴診器のプロトタイプ

自治体と連携し、遠隔医療を実証

超聴診器を使った遠隔医療サービスも構想している。

「2016年の熊本地震で、医療ボランティアとして県内各地をドクターカーで回り、遠隔医療や災害地診療の重要性を痛感しました。熊本地震や今回の西日本豪雨では、ネット環境がある状態で人々は避難所生活を送りました。こうした環境ならば、超聴診器のデータ通信機能を活かして、専門医が遠隔からリアルタイムで診断できます。もちろん過疎地や離島での平時の遠隔医療にも役立てられるはずです」

遠隔医療領域では、すでにIT企業各社から多数のサービスがリリースされているが、「どのサービスも聴診を置き去りにしている」と小川氏は指摘する。AMIは遠隔医療専用のビデオチャットシステムを開発し、特許を出願中だ。「人の声と生体音の周波数が異なることから遠隔医療と聴診は相性が悪いという常識を覆したい」と小川氏は意気込む。

遠隔医療構想の第一歩として、今年度からAMIは地元自治体と連携し、特定健康診査(いわゆるメタボ健診)での遠隔医療の実証プロジェクトを始める。また、企業健保向けの遠隔特定健診サービスも予定している。特定健診は医師による診察(問診・聴診)が検査項目に含まれており、超聴診器とビデオチャットシステムの活用が見込める。

「特定健診には2つの課題があります。まず、受診率が低いこと。そして、健診で異常が発見されてもその後の治療に結びつきづらいことです」

1点目については、自宅など遠隔でも受診できるようなシステムを開発。自己採血や血圧計などに加えて超聴診器が自宅に届き、スマートフォンを使った遠隔聴診に特化したAMI独自のビデオチャットシステムで検査方法のガイダンスや遠隔医療を行う。

2点目については、AIを活用した保健指導システムを開発中だ。『タバコをやめましょう』『運動をしましょう』といったありきたりな保健指導ではなく、対象者の年齢や性別、体型、居住地域などに応じて『あなたと同じ属性の人は○○病のリスクが何%あり、生活改善によってリスクを何%減らせる可能性がある』といった具体的な指導をAIによるデータ分析で提供する。

急速な医療革新を起こす

小川氏1人でスタートしたAMIは今では8人体制になり、回路工学や超音波工学、音声解析、AI・データ分析のエンジニアが活躍している。

「AMIという社名はacute medical innovation、すなわち急速な医療革新を起こし続けることを目指して付けています。聴診器だけを作る会社ではなく、さまざまなプロダクトやサービスを開発し続けます」と小川氏。小川氏は今後も臨床現場に立ちながら、経営者として医療課題解決につながるビジネスの創造に取り組んでいく。

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