書籍【情報分析力~情報に溺れないための「分析装置」の作り方】読了
ロシア-ウクライナ戦争が始まって以来、著者の顔を見ない日はない。
軍事評論家でありロシア軍事の専門家として、的確なコメントに毎回唸らされてしまう。
その識者が書いたのが本書だが、その内容は戦争に関する考察ではなく、一般的な「情報分析」に関することだ。
著者のメッセージを端的にまとめると「大事なのは、情報収集力ではなく、情報分析力」だということ。
特別な情報は確かに必要かもしれないが、専門家でもない限り、その情報は不要だろう。
それよりも、誰でも手に入る情報を如何に分析し、意味を見つけ出せるかの方が重要と説く。
本当にその通りだと思う。
世の中に情報は溢れているし、収集することもボタン一つで簡単に出来てしまう。
それら大量の情報の中から、価値あるものを見つけ出し、それに対して自身の考察を加えることで、元の情報を単なる「インフォメーション」ではなく、「インテリジェンス」に昇華させる。
情報を収集、分析した結果として得られる「知見」こそが大事ということだ。
これは耳の痛い話である。
日常でも、ネットで拾った情報を、あたかも自分が調べたように自慢して喋ってしまうことがある。
その話がより深堀されているならまだしも、ネット情報の真偽も調べずに、しかもそのまま話を伝えてしまう。
浅はかな行動なのは間違いないが、大量の情報に触れている現代では、ありがちなことだろうと思う。
気が付きにくいだけで、自分自身も行っている可能性が高い。
情報取得は確かに大事だし、集めようとしているだけマシなのかもしれないが、本当に大事なことは、「どうすればインテリジェンスに昇華できるのか」の方なのだ。
特にこれからは、生成AIが簡単にDeepReserchしてくれる。
専門家でなくとも、誰でも気軽に分析することが可能となってしまった。
それこそボタンの一押しで、情報の収集から分析までを完結させてしまうのだが、果たしてそれは「知見」と言えるのだろうか?
生成AIが出力した結果を読むのは自分自身。
あくまでも読む側の解釈する力こそが、これから大事ではなかろうか。
これは結構奥深いことだと感じてしまう。
最近、社内の若手社員から「どうやって情報収集しているのですか?」と問われた。
特段自分自身が意識して情報収集していた訳ではないから、面食らってしまった。
当たり前のことだが、過去に自分が閲覧していたサイトから、情報が勝手にお薦めされてくる。
エコーチャンバーが社会問題にもなっているが、相当に意識して他の情報を取得しようと思わない限り、自分が偏った情報に操作されていることに気付くこともできなくなっている。
ましてや、それを生成AIに聞いて、深く知った気になっているのだから、これは相当に自戒しなければいけない。
本書は、警告にもつながる問いを発していると感じた。
著者自身が、特別な軍事機密にアクセスしている訳ではないと言い、普段使っているのは、「OSINT(オシント)」と呼ばれる手法ということだ。
「オシント」は、オープン・ソース・インテリジェンス。
つまり、新聞やテレビの報道、SNSの投稿、商業衛星の画像など、一般に公開されている情報を集めて分析する手法のことだという。
つまり、特別な情報は何も使っていなく、一般の我々と同じように取得できる情報だけで、あれだけの分析を行っていたことになる。
これは、一体どういうことなのか。
「インフォメーション」と「インテリジェンス」では、意味が根本的に異なる。
料理の例は分かりやすいのだが、インフォメーションはあくまで「食材」であり、インテリジェンスは調理された「料理」だという。
今の世の中、食材(情報)はいくらでも転がっている。
ネットを検索するだけで、一生かかっても拾い切れないほどの情報にアクセスできる。
しかし、それをそのまま生の状態で閲覧しても、自分の身になるものではない。
栄養にするためには、自分なりに調理して、意味のある料理(知見)に昇華させなければいけないということだ。
それでは、「インテリジェンス」に昇華させるには、どうすればよいのか。
これは勿論、簡単な話ではない。
本書の中で、著者は「書くこと」の重要性について触れている。
頭の中で考えているだけでは、「インテリジェンス」に昇華されないし、情報分析力も高まらない。
文章として書き出すことで、論理の飛躍に気付いたり、足りない情報が見えてきたりするのだという。
私がこうして読書感想文を書き連ねるのも、意味があったということか。
無意識のうちに分析力のトレーニングになっていたのかもしれないと思うと、無駄ではないと思えてくる。
インプットした情報を、自分なりの言葉でアウトプットする。
このプロセスを経ることで、情報が自分の中の知識となり、知恵となる。
この行為を生成AIだけに任せてしまうと、能力が磨かれることはなく、当然衰えていくばかりだ。
健康的に自身の能力を高めるためには、すべてを機械に任せるのではなく、多少不便でも自ら歩いて筋力を高めるかのように、脳を鍛えろということだ。
得られた情報から、一歩踏み込んで自ら考えてみる。
そしてアウトプットし続けてみる。
そういう習慣を身に付けることで、ありふれた情報が、自分なりのインテリジェンスに変化していくはずなのだ。
世界情勢はますます複雑化している。
ロシア-ウクライナの問題だけでなく、中国や台湾、中東の情勢など、日本を取り巻く環境も予断を許さない。
日本に限らず、少子高齢化は加速し、人口減少社会に突入している。
そんな中で、ビジネス環境も変化せざるを得ない。
昨日までの正解に頼るのは、止めた方がいい。
不確実な時代を生き抜くために、自分の頭で考え、分析し、判断する力は絶対に不可欠な能力だ。
専門家ではない我々でも、公開情報を手掛かりに、世界の一端を読み解くことはできる。
会社であっても、様々な情報を単なるデータとして見るのではなく、それらが絡み合って生まれる「意味」を読み解いていきたい。
「情報は誰にでも手に入る。差がつくのは分析力」
この言葉は非常に大事だ。これからも意識していこうと思う。
(2025/8/10日)