書籍【60歳からの教科書~お金・家族・死のルール】読了
自分も60歳が現実的に近づいてきたから、他人事ではない。
こういうタイトルがあると、ついつい手に取ってしまう。
昔の60歳のイメージと、今の60歳は全然違う。
それは実際に感じるところであるが、それでは「老いていないか」と問えば、決してそんなことはない。
肩も腰も痛いし、老眼は進んでいる。
人の名前も思い出せないし、そもそも覚えられない。
人生100年時代と考えると、とんでもなく先は長い。
こんな状況で、これからの40年の人生デザインを行っていくと思うと、それだけで頭がクラクラしてしまう。
本書は、具体的な策を提案してくれているが、果たして私に実行できるのか。
これは真剣に考えていかなければと思うが、なかなか身体が動かないのが、老いということでもあると思う。
さて、どうすべきか。
著者の有名な理論は「自分自身のレア化」だ。
三点魔法陣の考え方がベースとなるのだが、100人の中の1人になる得意技を3つ以上持つことがポイント。
これは如何にして自分自身を高めるかの話であるが、初めてYoutubeで講演の動画を見た時に深く心に残った内容だ。
ここで伝えている「希少性」と「情報編集力を磨く」については、この動画視聴以後、本当に意識するようになった。
正直、凡人の私でも実践できそうな所が気に入ったのだが、果たしてレア化は出来ているだろうか。
著者が語るようには上手にできていないかもしれないが、それなりに成果が出ている実感はある。
ただし、最近感じるのは、このせっかく掴んだ希少性が、陳腐化していることだ。
「100人中1位になれるほどの強み」が、時代とともに強みでは無くなっているのは間違いない。
せっかく取得した三点目の強みが奪われてしまう感覚だ。
例えば私の場合は、会議の議事録作成について、それなりに自信があった。
(100人中1位は大袈裟かもしれないが)
ただこの能力が、生成AIの進化によって、全く強みでなくなってしまった。
まさにAIに仕事を奪われる典型であるが、私が議事録を作成するよりも、生成AIに任せた方が圧倒的に早くて上手い。
今後もこういうケースが増えていくということだ。
私の仕事の強みは奪われて、また二点に逆戻り。
これから再度三点目を見つけるために、新しい努力をしなければならない。
今後もこれが繰り返されるとしたら、我々はどうやって生き残ればよいのか。
AIに代替されないような、100人中1位になれるほどの強みをキープできる能力とは何なのだろうか。
結局著者の語るように、需要と供給がうごめく市場の中で、自分自身をレア化することが大事なのは間違いない。
それをどう実践していくか。自分自身の生き方を戦略的に考える必要がある。
まさにセルフプロデュースであるが、どのポジションでどうやって自分を活かすかは、細かく戦術にまで落とし込んでいく必要がある。
私はすでに50代の後半で、60歳の定年も見えてきた。
仕事で培った今までの能力だけに頼っていたらマズイ。
新しいことにも挑戦しながら、どうやって100人中1位を構築していくか。
その数を三点以上キープするためにどうするか。
なかなかの厳しさだと感じてしまう。
そんなことを考えながらも、第一線の働く場所から退く日も遠くはない。
60歳以後も嘱託などで働くとしても、働き方は相当に変わっていくだろう。
それこそ、レア化したスキルを実際に活かして生きていければよいが、そもそも「求められない(=需要がない)」ことにもなりかねない。
何でもかんでも年寄りが前に出て解決するよりも、「そこは後輩に任せてください」と言われることも現実的にある訳だ。
目の前の仕事に対して、どこまでどう踏み込むかの力加減は本当に難しいと思う。
本書では他のテーマとして、「お金」「家族」「死」と、避けて通れない3つのテーマを扱っている。
働くこともお金のためではあるのだが、果たしてそのお金とどうやって付き合っていくか。
実態のない「お金」というものに振り回されずに、その本質的な「価値」をどうやって見極めて活かしていくか。
これは案外難しいと思っているのだが、自分の人生を豊かにするためには必要なことだ。
歳を取れば、「ミニマムだけど幸せな暮らし」ができれば十分だ。
それをどうやって構築していくのかを考えていきたい。
そのためには、「家族」との距離感も非常に重要。
すでに子供は独立しているが、それぞれの相手に依存しすぎず、かといって無関心でもない。
触れていないけれど、手が届く距離感。
親の介護や看取りという問題も現実味を帯びている。
そして自分自身の「死」についても、少しずつ考えていく必要がある。
本当に100歳まで生きるとなると、後40年以上も先があるのだが、自分の人生の幕引きを自分で考え、準備しておくことは、社会的責任であるとも感じてしまう。
残された時間は長いかもしれないが、それでも有限であるし、本当に40年以上あるとも限らない。
10年かもしれないし、20年かもしれないし、明日で終わりかもしれない。
そんなことを考えてみると、社会的な体裁や、自分のプライドなんて本当に不要だ。
無意味な慣習に縛られた仕事(最近「ブルシットジョブ」と言われる)を行う時間も本当に必要ない。
自分自身が心から価値を感じることに、限られた時間を有効に使うことこそが大事だ。
常々「何のために生きるのか」という問いを持ち続け、志を枯らさないこと。
自分が今までに得た能力は、時代の変化によって今後陳腐化してしまうかもしれない。
それに対応するには、新しいスキルを、謙虚に学び続けるしかない。
もちろん、価値観のアップデートを常に行うことも非常に重要だ。
私のキャリアもすでに終盤戦。
これからは特に、本当の意味での「付加価値」を問われる年齢になっていく。
老害と言われないようにするためには、結果を出していくしかない。
改めて自分自身を鼓舞して、努力し続けていくしかないと思っている。
(2025/10/7火)