書籍【資本の世界史~資本主義はなぜ危機に陥ってばかりいるのか】読了
約4000年前から貨幣経済が始まっていたことは、遺跡の発掘などで証拠が出ている。
貨幣経済は行われていても、資本主義は無かった訳であるが、産業革命を機に資本の増殖が行われていく。
産業革命が始まった場所が、イギリスの田舎町だったとは知らなかった。
特殊な環境が新しいシステムを生み出すという、著者の仮説は非常に面白い。
時間軸で見てみると、それはほんの200年くらい前の出来事だ。
マルクスの資本論が発表されたのが1867年らしいが、マルクスがこれを書き始めたのは相当に前らしく、生涯を通じて研究し続けたのだという。
資本主義の構造を解き明かしたのが画期的で、「余剰価値」と「資本の再生産」という視点を見つけた点が、本当にスゴイことだ。
この時点で資本主義の欠点に気付き、「このままでは早々に破綻する」と予告しながら、同時に「社会主義・共産主義」への移行を進めようとする訳である。
それから百数十年の歴史が経過しているが、現時点でもマルクスの唱えた通りの社会にはなっていない。
社会主義・共産主義は、今でも残っているが、成功している社会制度とはどうしても思えない。
(ある一部分だけ見てみると、成功している箇所もあるかもしれない)
一方で資本主義が破綻しているかというと、数々の問題を抱えながらも、今でも他の代替案が見つからずに、何とか手直しをしながら生きながられている。
立ち止まって冷静に考えてみても「資本が増殖し続ける」という仕組みは、どう考えても無理があるだろう。
人々の生活は確かに豊かになったが、今でも地球の環境が破壊され続けているのは間違いない。
こういう点だけ見ても、次の社会制度に移行すべきであるが、それが未だにできないでいる。
地球環境が元通り回復するのに、数万年や数千万年かかるような破壊を行っている。
これではいつか破綻するのは目に見えていて、今現在がまさに赤信号が点っている状況だ。
人間は自らの欲望のために、数々の犠牲を強いてきた。
その行動はとても賢いものだとは思えない。
なぜ、資本の増加についてだけ、このような動きをするようになったのかが、非常に不思議だ。
内容は全く異なるのだが、本書を読みながら物理学の話を聞いているようにも感じてしまう。
熱力学第2法則は、秩序だったものが無秩序に向かうという法則である。
それがまさに時間という概念を示すことであるが、日常生活の中でも実感できる内容だ。
角砂糖をコップの水に入れれば、それは溶けて見えなくなっていく。
時間が経つと角砂糖に戻るということはあり得ない。
もし砂糖の結晶を取り出そうとするならば、別の科学実験のような形で行うことになるだろう。
いずれにしても、自然法則に則った動きのために、我々にも理解しやすい内容である。
しかしながら、こと「資本主義」については、どうにも自然法則に則っていると思えない。
なぜ資本は増加するのだろうか。
それはどういう現象で、どういう理論で増加するのか。
本当に不思議でしょうがない。
それもほんの200年程度の歴史にも関わらず、現代に生きる我々にとっては、それが何千年も過去からずっと続いている自然の摂理のようなものだと勘違いしてしまっている。
資本主義とは、幻のようなもののはずなのにだ。
最初から「こういう物を作ろう」としてできたシステムではなく、むしろ結果的に出来上がったものであり、それに対し人類はその動きをコントロール出来なくなっている。
そもそも増殖し続けることが宿命のシステムである訳だから、コントロールなんてできるはずがない。
地球という有限の器の中で、無限に成長し続けることなど、物理的に不可能なはずである。
資本主義が永遠に続くならば、人類は無限を求めて、宇宙の果てを目指して出ていくのだろうか。
そんな愚かしい未来すら想像してしまう。
さらに本書内で新たな気付きとなったのは、「資本主義と民主主義の関係性」である。
我々は、資本主義が発展すれば、民主主義も成熟すると信じてきた。
資本主義が成立する前提は、民主主義が機能していることだ。
その両者が誕生した時代も、確かにほぼ合致している。
しかし現実は、様々な点で綻びが出てしまっている。
巨大な資本を持つ者や企業体が、民主主義政治に大きな影響力を持つようになってしまった。
大金持ちの1票と、庶民の1票は同一ではないし、果たして同一にすることが平等に繋がるのかどうかも疑わしい。
現実的に格差が広がって社会の分断が進む中で、民主主義は正しく機能しているのだろうかと感じてしまう。
資本主義の暴走を止めるはずの民主主義が、逆に資本主義によって侵食されている。
この危機感は、今の日本に生きる私たちにとっても、他人事ではない。
それでは、私たちはどうすればいいのか。
必要なのは「成長しない経済」への移行だ。
つまり、資本主義というシステムそのものから脱却することを目指さないと、先行きは無いということなのだ。
今の社会は資本主義というOS(基本システム)で動いている。
OSを入れ替えるのは、並大抵のことではない。
今の生活水準を維持したいという欲求と、未来のためにシステムを変えなければならないという理性の間で、我々の感情は揺れ動いている。
著者は、資本主義がいつか終わることを前提に、その後の社会を構想することの大切さを説いている。
かつて封建制が終わったように、資本主義もまた歴史の一過程に過ぎない。
そう考えると、少し気持ちが楽になる。
今、私たちが苦しんでいる問題の多くは、このOS特有の「バグ」のようなものだ。
私たち一人ひとりにできることは、何だろうか。
まずは、この「成長しなければならない」という強迫観念から、少し距離を置いてみることのような気がする。
もっともっと、と上を目指すのではなく、今すでに存在している豊かさをどう分かち合うのか。
効率やスピードを重視するのではなく、手触り感のある生活や人間関係を大切にすることが重要だ。
そういう小さな変化の積み重ねが、次の社会への準備になる。
本書は、非常に重厚な内容であるが、語り口は非常に論理的で分かりやすい。
これからの世界がどこに向かおうとしているのか。
先行きの見えない未来に対して、不安を感じることも多いかもしれないが、歴史を学ぶことで、「今」という瞬間を相対化して眺めることができる。
複雑な時代を生き抜くために、視座を高く、視野を広く。
そんな示唆を与えてくれた書籍であった。
(2025/10/28火)