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10年間のキャリアをタグで振り返る

今年でキャリア10年(2010年-2019年)が終了。
新卒の会社(小売)で8年強、転職して現在の会社(広告・メディア)で2年弱の中で、店舗販売、販売促進、EC運営、マーケティング、事業推進、コンテンツプランニングなどを経験した。

すベての仕事、そこで出会った人、そこで考えたこと、やったこと、感じたこと、学んだこと、自分にとっては貴重な経験であることは疑う余地はない。その貴重な経験を10年という区切りで言語化して、今後(2020年-)のキャリアの方向性となるものを見つけたいと思った。


目次

  1. 自分でコントロールできることに集中する
  2. 【1年目】 #独自 & #自我
  3. 【2年目】 #孤独 & #自問
  4. 【3年目】 #理解 & #勇気
  5. 【4年目】 #激変 & #激闘
  6. 【5年目】 #仕組 & #論理
  7. 【6年目】 #刺激 & #発見
  8. 【7年目】 #進化 & #集中
  9. 【8年目】 #徹底 & #決断
  10. 【9年目】 #目的 & #本質

自分でコントロールできることに集中する

まず、僕は『結果』には一切興味関心がない。結果は、自身でコントロールできないものだからである。僕が10年間のキャリアで常に大事にしてきたことは『プロセス』であり、自身でコントロールできることである。

なぜその仕事をするのか?
どのように仕事をするのか?
その時に大事な姿勢や意識は何か?
その時に必要な考え方や知識は何か?
誰にどんな価値を提供するのか?
どの優先順位で実行するのか?
問題のボトルネックはどこにあるのか?
自分にしかできないことは何か?
誰と一緒に仕事をしたいか?
どんなコミュニケーションをするか?

すべて、自身でコントロールできることに、思考を、行動を、そして時間を集中してきた。10年間で最も大事にしてきた価値観である。今月、久々に実施したストレングスファインダーの上位10項目をみても、基本的にベクトルは【内向】【思考】にある。

<萬里小路 忠昭のストレングスファインダー>
①戦略性
②内省
③収集心
④最上志向
⑤学習欲
⑥着想
⑦慎重さ
⑧運命志向
⑨責任感
⑩個別化

そんな10年間を1年単位でタグにして整理してみた。


【1年目】 #独自 & #自我

#独自
新卒入社し、3週間の研修を経て、同期4人で福島県の店舗に配属となった。新卒で何も経験がないから右も左もわからない。よく言う、「わからないことがわからない状態」であった。だから、毎日先輩社員に業務内容をいろいろ教えてもらった。ただ、ここが僕が #独自 を発揮したポイントであった。

●新卒だからといって、先輩社員に「言われたことだけやれば良い」、という考え方は一切なかった。
●教わったことをただ実行するのではなく、「自分の中で納得した上で、自分なりのやり方」で試してみた。
今やっていること=「常識」「当たり前」であるという考え方は人の成長を止めるものとして、誰よりも常識や当たり前を嫌った。

#自我
そのようなスタンスでいたので、周りからは「までのこうじはわがままだ」、「言うことを聞かない奴だ」というレッテルがついた。でも、僕は別にそんなつもりは一切なかった。しかし、行動として #自我 が出てしまっていたのだろう。

●自分たちが正社員としてこの店舗に入ったのに「これまでやってきたことをやることなのか?」と同期に説いていた。
●仕事するにおいては、「新しいことにチャレンジすることが何より重要である」とメンバー説いていた。
●だから、「誰かと仲良くすることなんてどうでもいい」とチャレンジしない人間を激しく嫌った。

【2年目】 #孤独 & #自問

#孤独
2年目になる1ヶ月前、東日本大震災が起こった。同期の多くは、福島や宮城の店舗に配属されていて、震災の影響で各々の地元近くの店舗に異動することになった。しかし、僕ともう一人の同期の2名は地元ではない店舗に異動になった。もう一人の同期は当時の新店へ。僕はスポーツ用品店の中で日本一の売上と売場面積を誇る札幌の店舗に異動になった。そして、そこで #孤独 が始まった。

●売場規模、人員は1年目の店舗の約5倍で、自身の箱(仕事の範囲)が店舗単位から部門単位の範囲になった。
●その部門にいる社員のレベルの高さや徹底されたルールに自分の独自と自我が発揮しづらくなった。
●1年目は心のどこかで同期4人がいた安心感に支えられ、甘えていた自分に気づいて、孤独を感じ仕事がつまらなくなった。

#自問
そんな孤独な状態の僕の思考は基本的にネガティブであった。さらに、1年目に伸び伸びやっていた感覚から少し天狗になっていたのかもしれない。鼻をへし折られた経験はたしかこの時期だったと思う。そんな僕は #自問 する日々が続いた。そこで一つやりたいことを見つけた。

「どうすればこの店舗で自分の力を発揮することができるだろうか?」と今の自分ができることと向き合った。
●日本一のスポーツ用品店という強みがあるにも関わらず、「商品を売ることだけしていて良いのか?」とふと思った。
●僕が大学時代に「やりたかったこと(スポーツの魅力を伝えること)をここで実現できないか?」とPR活動に興味関心を持ち、店長などに直訴した。

【3年目】 #理解 & #勇気

#理解
孤独と自問の日々が続いた2年目が終わる頃に、キャリアにおいて大きな転機となる人と出会った。彼は僕より一回り年上の先輩で、本社販売促進部から異動してきた。彼は僕に持っていないものを兼ね備えていた。カメラマンでデザインができ、人あたりが柔らかくてとにかく穏やかで優しい。そんな彼が僕のやりたいPR活動のことに興味を持って #理解 をしてくれたのだ。

●彼は僕に、「までくんの考えていることは絶対に今この店舗、会社に必要なことである」から僕と一緒にやろうと言ってくれた。
●そして、「人は基本的に新しいことや変わることを拒む。とにかく行動してみんなにその道を示すしかない」とどう進むべきかを教えてくれた。
●行動を増やしてしていくと、「面白そうだね」と言ってくれる人が増えてきて、初めて理解してもらうことの難しさと喜びを知った。

#勇気
彼との仕事は本当に楽しかった。振り返ると8年間いた会社の中で一番夢中になれた仕事だった。テレビやラジオでのPR活動、アスリートをゲストに迎えてのイベント活動、ブログやSNSでの発信など、当時やりたかったことが行動することで実現していく感覚だった。そして、それまで僕が勝手に嫌われていると思っていた人たちからたくさんの #勇気 をもらった。

●異動する4ヶ月前、ピンチに陥った部門の対策として、副店長から「頼む。までが立て直して欲しい。」と声がかかった。
●その4ヶ月はなぜか自然と「やりたいことより、部門をなんとかしたい、部門のメンバーと一緒に目標達成したい」という気持ちだった。
●結果、目標を達成し次の異動が決まった後に「までは大丈夫。どんな仕事もやり遂げることができる」という言葉をもらい新天地へ異動した。

【4年目】 #激変 & #激闘

#激変
勇気の翼をもらってきた新天地は、新規事業であったEC事業。実は、3年目の時に、次にやりたい仕事としてECを挙げていた中での異動だった。しかし、いざ異動してきて目にした現場の光景は、やりたい仕事には到底及ばない状況にある環境だった。僕の仕事はそこで #激変 した。

●これまでいた環境はすでに過去にいた方や先輩が築き上げた上に成り立っており、自分はその土台の上でしか仕事をしてなかったと気づいた。
新しい環境はその土台がない状態で、まず自分たちがその環境をつくらないといけなかった。
●やりたいことを中心にした仕事から、やらなければならない仕事、0から1にする仕事をすることになった。

#激闘
激変には #激闘 があることを同時にそこで経験した。仕事に絶対の正解はない。0→1の仕事は特にそうである。自分たちで考えて仮説を立て、実行して、検証するしかない。しかし、その過程で関わるメンバーと意見がぶつかった。皆が主体性と責任感を持って仕事をしていたからである。

●0→1をつくる過程は、先=結果が見えないため、客観的視点より主観的視点が強くなりやすいことを経験した。
主体的視点の発言は「自分は・・」が主語になるため、価値観の違いが明確になると同時に、その意見が「正しい」かのようになった。
●「正しい」で意見と議論をし始めると、徐々に感情的な主張が強くなり、仲間で仕事をする意識が薄れていった。

【5年目】 #仕組 & #論理

#仕組
激変と激闘が続いた1年だったが、徐々に受注数・売上が伸びていき人員増加が必要な状況に。結果的に、受注配送や商品掲載など含め30人程度のメンバーを管理することになった。(この当時はマネジメントをしているという感覚は正直なかった。)メンバーたちをどう配置するか、 #仕組 をつくることが仕事の中心になった。

●仮説を検証、トライアンドエラーを繰り返す中で、0→1の仕事は仕組みをつくることであると気づいた。
●そして、一人あたりの生産性を上げていくことで、作業効率化や対応スピード向上を日々PDCAしていくサイクルができた。
自分一人の能力では限界があることを知り、30人程度のメンバーをどう仕組みに配置していくかに集中した。

#論理
仕組みをつくる仕事をしていく中で、効率化や生産性といった数字と向き合う機会が自然と多くなった。店舗業務も数字を多く扱う仕事であったが、EC業務はより数字を使いながらロジックを組み立てることが増え、 #論理 的な思考力はこの中でつけることができた。

●論理的な思考を持って仕事を進めていくと、感情的な意見や議論ではなく、事実や数字に基づいて仕事ができると気づいた。
●事実と数字に基づいて人に説明や報告をすることで、相手の理解や納得が得られることができ、仕事がより生産性の高いものになった。
●仮説と検証、PDCAを繰り返すと論理はどんどん磨かれていくため、どんな仕事にも必要なスキルであると感じた。

【6年目】 #刺激 & #発見

#刺激
ECで2年で、0→1で事業や仕組みをつくる経験や人をマネジメントする経験をした。その行動や成果が認められたのか、自身のキャリアの中でも大きな転機となるチャンスを得た。デジタルハリウッド大学院へ行く切符を自ら掴んだ。(実は、2年目の時から大学院に行きたいことは発信していた。)この1年間は #刺激 しかなかった。

●これまでのキャリア5年間は良い意味でも悪い意味でも社内にしか視野がなかったから外の世界を知らないままだった。
●外の世界(大学院)でみた景色や人は今まで出会ったことのない、触れ合ったことのない考え方や価値観を持った人たちばっかりであった。
●そんな人たちとの大学院生活で、キャリアで初めて「違い」というものを感じ、自分という人間が何者なのかを考えるきっかけとなった。

#発見
この刺激的な1年間は、平日日中は仕事をし、平日夜と土日は大学院で学び修了制作をやるという二刀流の生活だった。その生活は、睡眠時間も削る生活で、体力的にはきつかったが、毎日の #発見 が僕をポジティブにさせてくれた。ここで学んだことや発見したことはその後のキャリアに大きな影響を与え、自身の視野・視点を広げてくれた。

BTC(ビジネス・テクノロジー・クリエイティブ)スキルや考え方を持った人材がこれからの時代を担うという可能性を感じた。
●事業計画やビジネスプランをつくる過程で、「論理」と「感情」の両方がアントレプレナーには必要であることに気づいた。
●インプットした内容をアウトプットすることまでが学びであり、それを実践することで初めて世の中に価値提供ができることを体験した。

【7年目】 #進化 & #集中

#進化
大学院を1年間で修了し(通常は2年間なので1年間で修了するのはなかなかハードであった)、次のチャレンジとして本部宣伝部でデジタルマーケティングを担当することになった。店舗とEC両方を経験し、さらに大学院で学びをした人材は会社の中に誰もいない。これまでの経験を発揮することが求められた #進化 の年だった。

●誰一人その業務を実践できる人間はいなく、自分の信頼もない状態であったので、期待より不安が多い状態からスタートした年だった。
●そんな不安を払拭し期待を得るためには、これまでの経験と学びを成果につなげる、自分の進化を見せるしか方法はなかった。
●(今改めて考える)この時の進化は、大学院で学んだ理論やフレームワークを使って仕事を進める冷静さを持てたことだった。

#集中
この1年間はめちゃくちゃ働いた。というか働くしかなかった。(労務規定を破って人事や部長などに何回も怒られた。)マーケティングをそもそも理解している人間はほとんどいない。そこに「デジタル」という言葉が入ったらもうアウト。僕に求められるハードルは自然と上がり、自分ができることに #集中 するしかなかった。

●基本的に一人で業務をすることが多かった1年だったため、限られた時間の中でできることに100%集中して仕事をした。
●一方で、一人でどんなに頑張っても成果にはつながらないことを理解してため、仕事をしながら社内にデジタルマーケの必要性や重要性を説いた。
●結果的に次年度は大きな変化をすることになるのだが、がむしゃらに仕事をするだけでなく、どこか冷静に自分と会社を俯瞰してみる力があった。

【8年目】 #徹底 & #決断

#徹底
宣伝部での1年目はほとんど一人で全部やり切った。そこであげた成果や声もあり、デジタルマーケの人員を増やしてもらった。さらに、予算は億単位で自分である程度意思決定と実行ができるようになった。1年目はとにかく求められることをやったが、2年目は僕がやりたかったことにメンバーを巻き込むことに #徹底 した。

●前年に自分一人で経験したことを軸に、自分の中でこうやれば一定の成果や効果があるというものが感覚的ではなく、論理的にあった。
●その目的に向けて、自分が先頭に立ってメンバーを動かしてやる責任感とやると決めたら最後までやり切る徹底さを兼ね備えていた。
●徹底という意識が習慣化すると、どんなに良いアイデアでもやり続けることができないと判断したものはやらないという判断基準ができた。

#決断
一方で、この年は年度が始まる前に一つの #決断 をした。「1年後にキャリアを変える」と。翌年30歳になる年であり30代のキャリアを漠然と考え始めた。さらに、2年前の大学院での刺激と発見がもっと自身の可能性を広げたいと心を動かした。そして、転職する決断をし、新卒から8年勤めた会社を1年後に退職した。

●決断は決してポジティブなことだけはなく、ネガティブなこともあるが、それをどう捉えるかは自分次第であることを自問した。
●1年前に宣言したのはこの1年やり切ることに徹底するためであり、自分は行動するより考えるタイプであることを自覚していた。
●突発的な感情で動くのではなく、戦略的で、石橋を叩きまくって渡るのが自分の特性であったからその選択が正しいと思った。

【9年目】 #目的 & #本質

#目的
小売の会社から広告の会社に転職した。ビジネスはBtoC→BtoBに変わり、クライアントビジネスになった。その会社に決めた理由は、大学院で学んだ3つの軸【ビジネス】×【テクノロジー】×【クリエイティブ】を事業として、人材として持っている会社だったから。でも、お客様は変わったが、僕の #目的 は変わらなかった。

●スペシャリストとして採用された以上、自分がやるべきことはあくまでこれまでの経験、強みを発揮して事業に貢献することだった。
●たとえお客様が変わったとしても、やることが変わっても、目的は成果を出して事業貢献することであり、僕の考え方は変わらなかった。
●目的にだけ意識を集中すれば、「何をやるか」「どのようにやるか」より「なぜそれをやるのか?」から考えることが当たり前になった。

#本質
自分の強みを発揮すること、目的思考を持って仕事をしていると、物事の #本質 をみつけることに集中できた。というより、本質を求めることにしか興味がなくなった。それ以外のことは僕の中ではすべて無駄であると捨てた。例えば、感情的なことや非合理的なことは僕の仕事からは一切なくなった。

●クライアントの求めていることや課題などの理解をするためには、その思いや考えの本質(ボトルネック)を見つけることが重要であった。
●そのために、常に【WHY】で思考することで、目的と本質の追求にこだわりを持って、言語化してから仕事をすることを習慣化した。
●元々、人間関係はドライなタイプであったが、この思考がより研ぎ澄まされたことにより、超合理的なドライな性格が確立された。

【10年目】 #整理 & #思考

#整理
転職して2年目は僕の強みがより明確になった1年だった。それは #整理 すること。主な役割であった事業推進、営業支援、コンテンツプランニングにおいて言語化して整理することであった。この整理はある人からすると必要のないことなのかもしれないが、一定のメンバーがその強みを理解してくれたからこそ発揮できたことだった。

●僕にとって整理は「must have」(なくてはならないもの)だが、多くの人にとっては「nice to have」(あったらいいもの)程度であると気づいた。
●しかし、整理を求めている仕事や人がいることも同時に気づき、リレーの第2走者的な立ち位置であると自分を認識し始めた。
●整理する力は、抽象化する力、具体化する力、論理的思考力、因数分解する力などたくさんの思考やスキルが組み合わさる力であると定義している。

#思考
そして、10年間のキャリアを一言で集約すると、 #思考 になる。僕は考えること、考えている時間、考えている自分、そして人の思考が最も好きなのである。こうして10年のキャリアを振り返っていることも一つの思考であり、強みである整理は自身の経験や学んだことを応用していることも思考である。常に結果ではなく、プロセスに目を向けて僕は思考して、言語化してから行動している。

●僕の16personalitiesでの診断は【建築家】であり、ストレングスファインダーの1項目は【戦略性】であり、それは思考することである。
●多くの人より本質や目的を追求すること、情報を整理すること、言語化することが好きであり、強みであると自覚している。
●そして、超合理的でドライな人間だが、誰よりも人が何を考えているか?なぜその行動をしたのか?という思考に興味関心が高い人間でもある。

2020年のテーマは #言葉 & #行動

10年間のキャリア経験を経て迎える2020年。先にテーマを決めた。
#言葉#行動 である。その2つのワードを自身のビジョンに入れた。

『言葉と行動に一貫性と熱量を。』

今の僕が「ありたい姿」である。そのために2019年武器にした「整理」と「思考」を使って、言葉にしていく、行動していく。もっといろんな人たちの思考を言語化して言葉にしていきたい。そして、一緒に行動していきたいし、行動を促していきたい。

その時に、言葉と行動に一貫性を持つ。言っていることとやっていることが一貫していないと、人に価値を提供できないから。

さらに、言葉と行動に熱量を持つ。言っていることとやっていることに熱量がないと、人に共感を与えることも人の心を動かすこともできないから。

僕がこの10年で経験して、思考して、行動して、発見した大事な言葉たち。この言葉はこの先の10年にも大きな意味があると思っている。

2020年代の10年間がまもなくはじまる。(現在、2019.12.31 21:30を過ぎたところ。)
自分のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を大事にして生きていこう。